Prologue / 01-05 / 06-11 / Epilogue
春よ、来い
CLAP STORY (COLORFUL LOVE -Extra Story- view of MOE)
Prologue

「それにしても寒いですねえ」
「え、そう?」
「あ、いえ今ってことじゃなくて、ここの所毎日って意味です」
「ああ、たしかに。でもまだ一月でしょう? 二月はもっと寒いんじゃないの?」
「えーやだなあ。早く春が来たらいいのに」
「あはは、それは言えてる。でも私としてはちょっと複雑なのよね」
「え、どうしてですか?」
「春が来たらもうここには座れないかもしれないもの」
「……え、それって、受付業務は二十代のうちだけっていう、アレですか?」
「そう、どこにもそんな規約はないけどどうやらそうらしいという、アレよ」
「えー、涼子さんて、その……」
「そういう歳なのよ。信じられないことに」
「えー、全然見えないです。まだまだいけますよ、受付」
「そう言ってもらえると嬉しいなあ。だけど現実は厳しいわ。まだまだ新人、なんて図々しいことはさすがにもう思ってないけど、あとは後輩に譲って、なんてほどベテランになってるつもりもないのに」
「でも秘書課にはまだ上には上が――」
「でも私もそう遠くない未来そっちに数えられるのよ」
「…………」
「はあああ。春は大好きなんだけど、今度の春ばかりはなんだかちょっと来てほしいようなまだ来ないでほしいような複雑な気持ち――っと、この話はまたあとで」
「え? ……あっ」




 私には、かけがえのない日常がある。

「「おかえりなさいませ」」
「お疲れ様」

 頭を下げたその頭上に響く声。立ち止まることなく歩き去る影。その気配をきっちり感じ取ってゆっくり頭を上げる。そこに広がるのは、普段通りの光景、ほんのわずかに空気を揺らす彼に似合いの甘い残り香。いつだって背筋をぴんと伸ばしたくなる、そのくせ小さな痛みを胸に抱かせる、穏やかな日常。

「こら、振り返ってみたりしない」
「すみません」
「まったく萌ちゃんはいつまで経っても」
「だって、素敵なんですもん」
「そんなことはわかってるわよ」
「涼子さんと私では意味合いが違うんです」
「はいはい、そうだったわね。でも振り返るのはダメよ」
「はい。気を付けます」
「……一発でわかる口先だけの返事ね」

 私の、かけがえのない、愛しい日常。

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2012.10.10 春よ、来い
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