駅を出ようとした途端、ぽつりぽつりと雨が降り出した。
朝見た天気予報では「夜は快晴」と言っていた。そのとおり、朝から降っていた雨は夕方には止んでいたのに。梅雨の季節だからこんなこともあるだろうと頭の片隅では納得しているつくしだけれど、それでもどこか恨めしい気持ちで空を見上げてしまう。
重くて冷たい雨だけが落ちてくる、月も星もない寂しい夜空。
「夜は快晴って言ってたのに……なんでまた降ってくるのよ」
思わず吐き出した恨み事は、湿気を含んだ重い空気に撃ち落とされて、誰にも届かず消えていった。別に届いてほしかったわけではないけれど、なぜか無償に切なくなった。
――はあ……滅入るなぁ。
沈んだ気持ちで見上げた夜空は、ますます暗く重苦しい。だからといって、ずっとこうしているわけにはいかないのだ。
とにかく早く家に帰ろう。家に帰って、何か美味しいものを作ろう。たくさん食べてお腹を満たしたら、気分も明るくなるかも。うん、そうしよう。
よし、と小さく気合いを入れて、つくしが傘を開こうとしたその時、鞄の中で携帯電話が震えた。
さっきから何度も何度も必死に着信を訴えてくる携帯電話だけれど、数十分前、電車に乗る前に一度見たきり。その後は鞄から取り出してもいなかった。見なくても誰からの着信かはわかっている。わかっているからこそ、見たくなかった。
ほんの少しだけ浮上した気分が急降下していく感覚に、そうなってたまるものかと、つくしは足早に歩き出した。
梅雨入り宣言から数週間、「晴れ」と「雨」を繰り返していた天気予報は、ここ数日「雨」に落ち着いてしまっていた。そしてその予報通り、今日も朝から雨だった。
いつものつくしなら、濡れてもそんなに困らないスーツとパンプスを選んで無難に無難に会社へ向かう。けれど、今日の彼女はちょっと違った。
今日は金曜日。今日中に終わらせなければいけない仕事はいくつかあるけれど、それを終わらせさえすれば明日は休みだと思うと気持ちはどこか晴れやかで、なにより、会社帰りにF3と食事の約束をしていることに、心が浮き立っていた。
大学卒業と同時にジュニアとしての道をしっかり歩み出している彼らは、それぞれ超多忙な日々を送っていた。類は頻繁にヨーロッパへ行っていたし、総二郎は茶会や家元修行で東京にいないことも多かった。あきらとはそれなりに会っていたけれど、「仕事が終わってから会いに行く」と連絡が入った日は、日付が変わるくらい遅くに現れることがほとんど。二人と比べたら一緒にいる時間は多いけれど――つきあっているのだから、当たり前といえば当たり前なのだけれど、なんとか時間を作ってくれるあきらに、つくしはいつも深い優しさを感じていた――、すごくすごく忙しいことは感じ取られた。
でもそんな多忙な日々の中にいても、彼らは時間さえあれば――多分、無理やり作ってるに違いない。つくしの都合などお構いなしだ――お茶だ食事だドライブだとつくしを誘い出し、それなりに楽しい時間を共有していた。でも、ここ数ヶ月はなかなか時間が合わず、全員が揃うことはなかった。
社会人二年目に突入した彼らがますます忙しくなったこともあるけれど、最大の原因は、つくしが大学を卒業して社会人になったことにあるのだろう。彼らだけでなく、彼女自身にも放り出せない用事が増えてきて、計画なし・予告なしでの集合がますます困難になってしまった。おかげで、類とは一ヶ月前に会ったきり、総二郎とは三週間前。あきらとだって一週間会っていない。だから余計に揃って会えることがとても嬉しくて、恰好にだって気合いが入ってしまう。
雨はそんなにひどくないし、夜には晴れるらしいし、今日の約束場所は、お洒落なレストランだしね。
つくしは迷わずお気に入りのスーツとパンプスを身に纏い、家を出た。
まさか、予報に反して夜も雨が降るなんて、しかもその中を一人寂しく歩くことになるなんて、考えもしなかった。
「あーあ。やっぱり履くんじゃなかった」
歩き進む間も雨脚は強まる一方で、まだ数える程しか履いていないパンプスが、雨でびっしょり濡れて、中まで冷たく感じるようになってしまっていた。精一杯気をつけて歩いていたつくしだが、この雨では気をつけるだけ無駄だった。
――大切なパンプスなのに。
――
「牧野、ちょっとこれ履いてみて」
「え? あ、うん……うわぁ。すごく履きやすい」
「見立てに間違いはないみたいだな。よく似合う。サイズはどう?」
「ぴったりだよ……って、美作さん、こんな良い靴あたしには買えないよ。あたしの予算は――」
「おまえが買うんじゃなくて、俺が買うの」
「え、なんで? そんなのダメだよ」
「就職祝いだよ。頑張った牧野にご褒美。しかもうちの子会社だなんて、こんな嬉しいことはない」
「いや、その事実に驚いたのはあたしのほうなんだって。美作商事の子会社だなんて知らなかったんだから。……ってそうじゃなくて。就職先がどうのじゃなくて、こんな良い靴は――」
「牧野の新しい人生の門出なんだぞ。この靴、俺に贈らせてほしい。……な?」
「……わかった。ありがとう。大切に履くね」
――
あの日の会話が、優しく笑ったあきらの顔が、つくしの脳裏にはっきり浮かぶ。
パンプスの表面に張り付いた雨粒が、くるりと丸まって流れ落ちた。
ふいに、脱いでしまいたい衝動に襲われた。脱いでしっかり胸に抱いたら、きっとこれ以上濡れないから。そして自分は裸足で歩けばいいと思った。でも、そんなことしてもこの切なさは消えないこともわかっているから、余計に悲しくなった。
朝から気合いが入っていたおかげで、つくしの仕事はすこぶる順調だった。でも、あと二十分で終了というところでトラブルが起きた。急を要することだったので、その場にいるほぼ全員が処理に追われ、どうにか片付いて時計を見たら、約束の時間が迫っていた。
あきらに『トラブル処理で遅くなっちゃった。今から会社を出ます』とメールを入れて、急いで会社を飛び出した。
雨上がりのしっとりとした空気をまとった街中を駅まで走って電車に飛び乗り、電車を降りてまた走った。つくしの足取りは軽かった。
レストランに着いたのは、約束の時間から十五分が過ぎた頃だった。走ったおかげで上がってしまった息を整えて、ドアを開けた。
「いらっしゃいませ、牧野様」
F3が普段からよく利用するこのレストランは、いわゆる「高級レストラン」で、つくしはここのイタリア料理がお気に入りだった。もう幾度となく連れてきてもらっているつくしは、オーナーを始め何人かのスタッフと顔見知りになっていた。そうじゃなくても、F3の連れである彼女は、しっかり把握されているのだろう。
「すみません、ちょっと遅くなっちゃって。もう、みんな来てますか?」
「美作様から伺っております。大丈夫ですよ。皆様、少し前にお揃いになったばかりです。どうぞ、こちらです」
つくしは、いつもどおり店内の一番奥にある特別室に案内された。ほんのちょっぴり緊張しつつも、気分が高揚して――そう、まさにウキウキしていた。
それをなんとか抑えながら、案内された部屋のドアの前に立つ。
なんて言おう。「遅れてごめんね」がいいかな。それとも「お久しぶり!」とかが自然かな。
そんなことをあれこれ考えながらほんの少しドアを開けると、中から三人の会話が聞こえてきた。
「類、聞いたぞ。見合いするんだって?」
「え、そうなのか?」
「ずいぶん情報が早いね、総二郎」
「まあな。てことは本当なんだな?」
「ご時勢的な事情でね」
「ふーん。ま、どこもかしこも不景気だからな。俺達ジュニアはいろんな意味で利用されるよな」
「結局、司だってそうだったもんな」
「まあ、ある程度は覚悟していたことだしね。総二郎だってそのうちなんじゃないの?」
「まだまだ遠慮したいけどな」
「あきらのとこは、ずいぶん話がきてるんでしょ? 今日、田村がそんな話をしてたよ。花沢と美作は人気が高いんだって」
「そりゃそうだろう。会社としてもでかいし、その上、未だ名高い類とあきらだもんな。俺が女でも狙うかも」
「うえーっ、気持ち悪い」
「だから、女だったらって言ってるだろ?」
「その想像がすでに気持ち悪い」
「あのなぁ、類――」
「まあまあ、もうその辺でやめとけよ」
「実際問題、相手の家柄によっては断りづらい話だってあるからさ。なんか面倒」
「たしかにな」
「恋愛は自由。結婚は不自由。ジュニアに生まれた宿命ってやつか」
つくしの浮き立つ心は一瞬で凍りつき、喉まで出かかっていた挨拶は行き場を失った。
出来たことといえば、逃げるようにその場を離れることだけ。途中、スタッフに声をかけられて「忘れ物をしたので」と咄嗟に嘘をついた。
そしてつくしは、レストランを飛び出した。
どこをどうやって歩いたのか、つくし自身よくわからない。気がついたら、ついさっき電車から降り立ってウキウキしながら駆け抜けた駅前にいた。
歩いている間中、盗み聞く形になってしまった三人の会話が頭の中でリフレインしていた。壊れたレコードみたいにぐるぐると同じフレーズばかりが駆け巡って、それなのに、なんだか知らない言葉を聞いたみたいに理解ができなかった。
ちがう。理解したからこそ、逃げ出した。理解したけれど、受け入れたくなかった。頭も身体も、受け入れることを拒否したのだ。
ただひたすら頭の芯がぼおっとしていた。これからどうしようか、どうしたらいいか。考えようとはしていたけれど、たぶん何も考えられていなかったつくしは、携帯電話の振動ではっと我に返った。三件の不在着信と一件の新着メール。不在着信は、二件があきらで、一件が類。メールは、あきらから。
――
今どこにいる? 心配だから連絡して。
――
つくしが「これから会社を出る」とメールを入れた時間から考えて、もうとっくに着いていなければおかしい。それ以前に、レストランを飛び出した彼女の態度は明らかに不審だっただろうから、スタッフから話がいっているだろう。あきらが心配するのは至極当然のこと。もちろんつくしはわかっていた。でも、返信する気にも電話をする気にも、戻る気にもなれなかった。
つくしは携帯電話をそのまま鞄にしまい、駅に向かって歩き出した。
雨に濡れて重くなったパンプスを引きずるように歩くうちに、いつの間にか壊れたレコードのようなあのリフレインはおさまっていた。
少し冷静になってみれば、最初からわかっていることばかりだった。
彼らはジュニアで、つくしとはまるで異なる世界に産まれ、まるで異なる育ち方をして、多くのものを背負っていて、ずっとずっと背負って生きていく。それが、彼らの意思と必ずしも一致しない場合であっても、抗いたくても抗いきれない現実があって、受け止めなければいけない現実があって。彼らは、その中を生きていく。自分で決めて。司がそうしているように。類も総二郎も、あきらも。
それが宿命で、彼らはそれを投げ出したりはしない。そんな彼らを誇らしいとさえ思っている。
つくしは彼らと居る時間分だけ、いや、それ以上に彼らを知っていた。何もわからないフリして夢だけ見ているには、もうたくさんのことを知りすぎていた。
だから――だからこそ、怖かった。司が自分で決めて歩き出したように、類もまた決めようとしている。彼らの「覚悟していた」宿命が、すぐそこまで迫ってきている。
――「恋愛は自由。結婚は不自由。ジュニアに生まれた俺達の宿命か」
あれは確かに、あきらの声だった。
近い将来、あきらもまた、自分で決めて歩き出す。そこにはきっと、つくしの在るべき場所はない。「恋愛は自由。結婚は不自由」という宿命の元では、何も持たない自分に存在価値などあるわけがなかった。
――でも……。
想いを廻らすつくしの視界に、突然、鮮やかな色彩が飛び込んできた。それを見て、いつの間にかアパートから十数メートルのところまで来ていたんだと気が付いた。
毎日通るたびに目を奪われるお気に入りの紫陽花。街灯の下に咲くそれは、照らされる灯りと雨露によって、暗闇の中でより一層輝いていた。夜の闇と雨に霞むモノクロの世界で、そこだけが色づいているかのように。
吸い寄せられるようにして紫陽花の前に立ち、足を止めた。
頭上に広がる傘が街灯を浴びて、その色をつくしに届ける。――それは、あきらと選んだ、紫陽花色。
――
「傘買おうと思っているんだけど、こんなにあると迷っちゃうね」
「これにしたら? 牧野お気に入りのあの花と同じ色」
「あ、ほんとだ! この傘差してあそこに立ったら、あたしも花の一部に見えるかも」
「それはさすがに無理あるだろ。こんなでかい花、怖すぎる」
「いいじゃない、ひとつくらい大きくたって。あそこに立っていたら、誰か驚いてくれるかな」
「期待はしないほうがいいな」
「でもせめて美作さんくらいは騙されてほしいなあ」
「……じゃあ俺が見つけたら、今年は一段と大きな紫陽花が咲いたなぁ。って言えばいいのか?」
「あははは! 絶対ね、美作さん」
――
あきらはしぶしぶ頷いて、それから目を細めて優しく笑った。
他愛もない会話。でも温かくて幸せだった。
……何を欲張っているのだろう。今の自分は、あきらの優しさに包まれている。それだけで十分ではないか。
竦みあがって毛を逆立てた猫のようだった心が少しずつ凪いだら、じんわりと、そしてストンと、そう思えた。
現実は、怯え竦んだつくしが思うほど悲観的ではない。夢でも幻でもない温度と幸福を持って、そこにたしかに在るのだから。
いつか、あきらの隣に自分じゃない誰かが居るだろう。あきらの歩む道と自分のそれと、どこかに分岐点があって、そこへたどり着く日は近いのだろう。つくしは、心のどこかでそれをわかっていた。
――でも、それでも。それでも好きにならずにはいられなかったんだもん。
司とのことでさんざん痛みを知ったのに、もうとっくに知っていたのに、それでも隣にいたかった。いつかまた、あの時と同じ結末を迎えるかもしれないと思っても。きっとそうなるだろうと思っていても。それが怖くてなかなか踏み出せないつくしがいたのに、それでも、踏み出さずにはいられないつくしが、いた。
あの痛みをもう一度味わったら、きっと今度こそ立ち直れない。その痛みはあの時以上だとわかるから。
それでも、隣にいたいと思った。あきらの優しい笑顔を、優しい声を、優しい瞳を、優しい掌を、心から愛しいと感じるから。あきらは、欲しい温もりを、欲しい時に欲しい分だけ与えてくれる人だから。
欲しい言葉を欲しい時に――
「今年は一段と大きな紫陽花が咲いたなぁ」
しっかり届けてくれる人だから。
「ほら牧野。おまえも言えよ。約束だろ?」
背後から、滑るようになめらかな優しい声が降り注ぐ。
いつも思う。彼の声には笑顔が見える。優しい、深い笑顔が浮かぶ。その笑顔がふんわり浮かんだら、目の前の紫陽花が輝いて見えた。
「愛情を、たっぷり、注がれている、んです」
輝いて、輝いて、眩しかった。
あの日の会話の続きが浮かぶ。
――
「あはは! 絶対ね、美作さん」
「わかったよ。あ、そのかわり。牧野も言えよ?」
「なんて?」
「愛情をたっぷり注がれているんです。って」
「えーーっ……ちょっと、恥ずかしいかも」
――
あの時あきらは、どこか意地悪そうに、でもやっぱり優しく笑っていた。
――ねえ、美作さん。類がお見合いするって聞いて、なんだかショックだった。いつの間にか身体の一部みたいに感じてた類だから。でもそれよりも……「恋愛は自由。結婚は不自由」って言ったのが、「ジュニアの宿命」って言ったのが、美作さんだったから。だからあたし、現実を突き付けられて辛かった。もうすぐ美作さんの歩く道からあたしは消えなきゃいけないんだって、悲しくなったんだよ。
その時が来たら、あきらはつくしの前から居なくなる。それがたまらなく怖かった。
心のどこかで願ってたから。あきらが決めた道を自分も一緒にみつめたい、と。
心のどこかで、祈っていたから。あきらの宿命に、自分が居たい、と。
――だから、だからね、美作さん……。
「牧野。俺はどこにも行かないよ」
言葉にならない、言葉にできない想いでいっぱいになるつくしに、柔らかな愛が降り注ぐ。
つくしはいつも思う。どうしてこの人は、こんなに深い優しさを持っているんだろう、と。
「牧野はちゃんと俺の隣で笑ってる。それは、これからもずっと」
つくしはいつも思う。どうしてこの人は、一番欲しい言葉を知っているんだろう、と。
温かくて優しい言葉は、あきらの心そのもの。心が震えた。
いつまでも振り返らないつくしにゆっくり近づいてくる足音が聞こえる。その足音が止まった時、俯く視界に見えたあきらの靴は、雨でびっしょり濡れていた。つくしのパンプスと同じように。その靴は彼のお気に入りで、普段なら絶対に雨の中なんて歩かない。それを見ただけで、自分を探してくれたであろうことがわかって、つくしは胸が痛かった。
すっと伸びてきた手が、つくしの手から傘を取リあげる。あきらが紫陽花色の傘の下に入り込むと、彼の身長分だけ紫陽花色の世界が広がった。
「類は見合いはするけど、結婚はしないって。この見合いは花沢を安定させるためだけにするハッタリみたいなものだから。それから、俺は……」
顔をあげると、声そのままの優しい瞳にぶつかった。
「そんな見せかけだけの見合いはしない。親父がそういうの好きじゃないんだ。男は、女で良くも悪くもなる。だから一生を共にする相手は、惚れ抜いた相手であるべきなんだそうだ。それで選んだのがあのおふくろってのが、俺にはよくわからないけどな」
冗談めかして笑うあきらが、眩しかった。
「類も総二郎も、それから司も。見合いしようが結婚しようが、どんな人生歩き出そうが、あいつらの人生から牧野は消えない。牧野の居場所はちゃんとある。だって、親友だろ? 何も変わらない」
あきらの手がそっとつくしの頬に伸びて、撫でるように何かを掬った。そこで初めて、つくしは気がついた。
――あたし、泣いていたんだ。
紫陽花がこんなにも輝いていたのは、涙越しに見てたから。
「俺が自分の歩く道を決めた時は」
――ああ、だから美作さんが眩しい。
「牧野も自分の歩く道を決める時だよ」
――眩しすぎてよく見えないよ。
「いいよな?牧野」
あきらが眩しく見えたのは、きっと涙のせいだけじゃない。あきらの優しい声と優しいぬくもりが、つくしをいっぱいにしたから。
「行こう、牧野。みんな待ってる」
「待ってる……って、どこで?」
「類の家。必ず連れて来いって言われてるんだ。本当は二人きりでいたいけどな。まあそれは明日にしよう。行かなかったら、ガンガン電話かけてきて邪魔される上に、次に会った時に半殺しにされかねないからな」
司がいるならまだしも、類と総二郎ではそんなことはしないだろうと思いつつ、律儀なところがいかにもあきらで、つくしの顔から笑みがこぼれた。そんなつくしを見て、やっと笑った、とあきらも笑った。
冷たい雨は、 いつの間にか止んでいた。
けれどまだ、つくしはそのことに気付いていない。紫陽花色の淡い世界に包まれて、優しいキスが降り注いでいるから。