クリスマスイブの朝。
目を覚ましたつくしが一番最初に気になったのは、窓の外の世界だった。
冬ともなれば、朝はいつでも冷えているが、今日の冷え方はいつもとは少し違う気がする。
ベッドから抜け出したつくしは、寒さにぷるりと身体を震わせた。
( 雪、積もってるのかな )
昨夜はずいぶん寒い夜だった。
昼間から降り続いた雨はいつしか雪に変わったようで、寝る前に何気なく見た窓の外の景色は、すべてが薄白く染まっていた。
驚いて窓を開けると、雪はもう止んでいたけれど空気が痺れるくらいに冷たくて、これはまだまだ降るかもしれないと思った。
窓を閉めてベッドに潜り込み、明日の朝が楽しみだな、と考えているうちにいつしか眠りについていた。
カーディガンを羽織りながら、わくわくするようなウキウキするような、どこか浮き立つ心を抱えて窓へ向かう。
「……うわあ、白い!」
シャッと音を立てて開いたカーテンの向こうは、昨夜見たそれよりもずっとずっと白かった。
街並みだけじゃない、空までもが白い。
( 今日も降るのかなあ…… )
今日はクリスマス・イヴ。
寒いのはちょっぴりイヤだけれど、交通機関が乱れるほどの大雪は勘弁してほしいけれど。
( でも、ホワイトクリスマスも悪くないよね )
ますます心が浮き立って、ほんのり温かい気分になった。
「さて、支度するか」
むん、と気合いを入れて伸びをすると、張り切って活動を開始した。
いつもより念入りに髪を梳かし、いつもより時間をかけて服を選び、いつもより丁寧にルージュをひく。
鏡の前に立ち、今日の予定を頭に廻らせながら全身を隈なくチェック。
大学へ行ってあきらと講義を受ける。
その後は美作邸へ移動して、夕方からクリスマスパーティー。
どのシーンでも大丈夫だろうかと、様々なシュミレーションを頭の中で繰り返し、そしてひとつ頷いた。
「……よし。これなら大丈夫」
「泊りのつもりで来いよ」と言っていたあきらの言葉を頭の中で反芻して、必要なものを鞄に詰め込んでいく。
準備をすべて終えて時計を見ると、家を出るにはまだまだ早い。
つくしは一瞬考えて、「まあいいか」と呟くと、そのまま家を出た。
大学は、校門前の広場もカフェテリアも講義を受ける教室も、どこもかしこも人はまばらでひっそりとしていた。
教室に至っては、まばらどころか誰ひとりいない。
かなり広い場所なので、さすがに一人でいるのは寂しすぎる、とカフェテリアに向かった。
F4専用スペースはもちろん誰もいなくて、つくしは一人、ふかふかのソファの真ん中に座ってミルクティーを堪能した。
( あー、美味しい )
英徳のカフェテリアともなると、飲み物ひとつとっても高級な香りがするもんだ、といつも思う。
ふと、以前ファミレスへ行った時に、ドリンクバーの紅茶を飲んで変な顔をしたあきらを思い出して、つくしはぷっと吹き出した。
( そうよねえ。こんなのいつも飲んでたら、あれは飲めないよね )
どんなに薄いお茶でもどんなに香りのたたない紅茶でも、なんでも普通に飲めるつくしだけれど、このミルクティの香りに包まれた空間では、彼らの気持ちが少しだけわかる気がした。
窓の外に視線を移すと、葉を落とした剥き出しの木々が見える。
相変わらず真っ白な空が広がっているけれど、まだ雪は降っていない。
ぼんやりと眺めながら、つくしは昨夜のことを思い出していた。
総二郎の家で夕食をご馳走になり、スーパーで買い物をして――かなりドキドキのアクシデントはあったものの――、送ってくれたあきらと紅茶二杯分の時間を過ごしたところまでは、いつも通りだった。
ふわふわとした、甘くて切なくて胸の奥がサワサワと波立つような、そんな時間だった。
でもその後の展開には、違う意味で胸の奥が波立った。
( 不意打ちは卑怯よねえ )
まさかあの男がつくしを訪ねてこようとは。
つくしは、そんな展開はこれっぽっちも予想していなかったのだから。
**
つくしは玄関であきらを見送ると、階段を下りていくその足音に耳を澄ませていた。
それはつくしの習慣みたいなもので、あきらが帰った後はいつもそうしていた。
誰かに見られたら、かなり怪しい行動かもしれない。
けれどつくしにとってはそれさえも大切な、あきらとの時間の一部だった。
その音がだんだん小さくなって消えると、つくしは小さく息を吐いて、くるりと部屋へ向き直った。
窓辺に立ったら、歩くあきらの背中が見えるだろうか。
そんな考えが浮かんだけれど、また明日会えるのだから、とその考えはパチンと消して、行動には移さなかった。
テーブルのティーカップを片付けようとソファの前に歩いていくと、その足元にふわんと置かれたままのストールが視界に入った。
( あれ、これ…… )
ふいに、それを外していたあきらの姿が脳裏に浮かぶ。
忘れたんだとすぐに分かった。
慌てて手に取って考えを巡らせた。
明日会う事を考えれば、このまま持っていて明日渡すのもいいだろう。これがなかったら困る、なんてことはないはずだから。それなら連絡だけして、ここにある事を知らせておくのがいい。
( ――でも。 )
帰って来た時の、外の寒さが思い出された。
あきらがこのストールを防寒のためにしていたわけでないことはわかっていた。
それでも、あるとないとでは感じる寒さが違うはず。
( やっぱり、持って行こう )
少し離れた駐車場に車を停めているあきら。
今ならまだ間に合うだろう。
つくしはソファの隅に置いていたショールを手に取ると、玄関を飛び出した。
ショールで身体を包みながら廊下を駆け抜け階段を降りる。
数段降りて踊り場を曲がったところで、アパートの前に停まった車から、誰かが降りたのが見えた。
しかも自分で降りたわけではない。運転手がドアを開けて、そこから降りてきた。
それは英徳では普通に見かける光景。だからつくしにとっては、もはや物珍しいものではない。
けれどやはり、英徳に縁のある人間が住んでるとは到底思えないこんな場所では、それはかなり異様な光景だった。
( どこのお金持ちが来たっていうの? こんなところに何の用事? )
訝しげに見ながら数段降りたところで、街灯に照らされたその顔が見えた。
信じられない――信じがたい人が、そこに居た。
( ……え。 )
つくしは足を止める。足だけではない。おそらく呼吸も止まったと思う。
あまりの驚きに瞬きも忘れて、じっと見つめた。
そこに立っているのは、スーツにロングコートを羽織った長身の男。
「……道明寺……?」
それは紛れもなく、司だった。
驚いたのはつくしだけはない。
司もまた、目を見開いたまま、つくしをじっと見つめていた。
二人の間の時間が、ピタリと止まっていた。
「……よお。」
時間を動かしのは、司だった。
一歩二歩とつくしに近づく司を見て、つくしもまた、ゆっくりと階段を下りる。
ほとんど無意識に、吸い寄せられるように司の前に立った。
見上げたそこには司の顔があって、でもそれでもどこか信じられない気分だった。
「道明寺、だよね?」
「俺様以外の誰に見えるんだよ?」
「いや、そうだけどさ」
「ていうか、おまえ、エスパー?」
「は?」
「出迎えに降りてきてくれるなんて思ってもいなかった」
「……偶然に決まってるじゃない」
「ちっ。可愛げのねえヤツ」
司は視線を外して呟き、ふっと笑った。
そして真っ直ぐつくしを見る。
「久しぶりだな、牧野」
「……うん、久しぶり。」
ドキリとするほど優しい瞳だった。
その時湧いた感情を、どう表現すればいいだろう。
懐かしくて、甘酸っぱくて、けれどちょっぴりほろ苦い。胸の奥をぐいと掴まれて、次の瞬間には曖昧な色をした感情が広がって、ほんの一瞬、昔の自分に戻ったような気がした。
きっとそれは、司も同じだっただろう。
「元気だった?」
「まあまあだな。牧野は?」
「元気だよ」
「相変わらずの貧乏暮らしか?」
「そう簡単に変わるわけないじゃない」
「そりゃそうだな」
でもつくしは、昔とは違うことも知っている。
懐かしいとは思っても、グラグラと揺すられるような感情は湧いてこない。
「どうしてここに?」
「話をしたくてな」
「話?」
「電話じゃ埒があかねえからな、おまえとは。だから直接来た」
「……」
つくしの脳裏に、司と別れたあの日のことが浮かぶ。
別れると言い張るつくしに、司は根負けしたようにわかったと頷いた。
あの時も、埒があかないと歯がゆく思っていたのだろうか。
「じゃ、行こうぜ」
「どこへ?」
「おまえの部屋に決まってんだろ。こんな寒いとこで話すつもりか?」
「ああ、そうよね」
「ほら、案内しろ」
「あ、うん。……じゃあ、どうぞ」
つくしと司はカンカンと小さな音をさせて階段を上っていった。
部屋へ入ると、司はぐるりと見渡して、「思ったより広いな」と呟いた。
その呟きが聞こえたつくしは、くすりと笑う。
「そうよ。私には広すぎるくらい。もうひとつ部屋があるから寝室だって作れたし、シャワーもあるから銭湯もいかなくていいしね」
「家賃は? バイトで稼いでるのか?」
「そう。西門さんが家庭教師のアルバイトを紹介してくれて。それのおかげで随分楽なの」
「へえ。親や弟は?」
「住み込みの仕事してる。家賃の心配とかしなくていいからすごく気に入ってるみたい。進はそっちに一緒に住んでて、今は大学に通ってるよ」
「へええ。学費は大丈夫なのか?」
「大丈夫みたい。困ったら言って、って伝えてはあるんだけど、全然言ってこないのよね。道明寺が知ってる中では今が一番裕福かも」
「……ふーん。これが庶民の裕福か」
全く知らない人間が聞いたら小馬鹿にしたようなその司の言いっぷりも、つくしにはただ懐かしいものでしかない。
クスクス笑って言葉を続けた。
「そうよー。すごく裕福。住む場所食べる物に困ってた頃に比べたらずーっとね。ここの家賃もそんなに高くないし。それに……」
「それに?」
「道明寺が大学の学費払ってくれたから。あたしは自分の生活に掛かるお金の心配だけすればいいんだもの」
申し訳なさそうに司を見たつくしは、ぺこりと頭を下げた。
「今更だけど、本当に助かってます」
「何言ってんだ」
「就職してお給料もらえるようになったら、少しずつ返すからね」
「そんなもん、いらねえ」
「そんなわけにはいかないよ。あの頃とは状況が違うんだから」
言い切るつくしの瞳には、迷いのような曖昧な色はまったくない。
もう少し揺れ動いていたらいいのにと、どこか寂しい司がいた。
「おまえから金を受け取るつもりなんてねえよ。それでも気が済まねえんだったら、どっかへ寄付でもしろ。とにかく俺は受け取らねえ」
聞いているんだかいないんだか、つくしは「はいはい」と軽い返事だけをした。
キッチンに立ち珈琲を淹れるつくしの姿を、司はソファに座って見つめていた。
部屋には沈黙が流れ、コーヒーの香りだけが漂う。
トレイを持って振り返ったつくしは、司と目が合いドキリとした。
「な、何?」
「いや、なんでもねえ」
「……」
何でもない、という視線ではなかった。でもそのことは、それ以上追及するべきでない気がした。
きっと困ってしまうようなことを言われるだけ。いくら鈍感なつくしでも、それくらいはわかる。
何も気付かないフリをして、「ならいいけど」と珈琲をテーブルに置くと、司からは少し離れた床にペタンと座った。
司は珈琲を口に運び、一口飲むと顔をあげた。
「これ、おまえが買った豆?」
「ううん。類にもらった」
「だよな」
「やっぱりわかる?」
「当然」
「値段は教えてくれないんだけど、高いよね」
「高いな」
「だよねえ。いつも切れそうになると持ってきてくれるの」
「へえ。相変わらず出入りしてんのか?」
「してるよ。お腹空いたーって現れる。家で食べたほうが美味しいのにねえ」
「ふーん」
もう一口飲むと、何かを考え込むようにそのまま黙った。
部屋に沈黙が流れる。
つくしは落ち着かない気持ちを抱えていた。
司は一体何を話そうとしているのか、今何を考えているのか。
いくつものシミュレーションをしてみるけれど、イマイチどれもしっくりこない。
早く話してくれたらいいと思うのに、司に話す気配はない。
いっそのこと、こちらから話しかけてみようかと考えたところで話す言葉は見つからず、結局つくしは小さなざわつきを胸に、司の言葉を待つしかなかった。
沈黙は、ずいぶん長く続いた。
実際どれくらい黙っていたのかは、時計を見ていなかったつくしにはわからないけれど、司が言葉を発した時、やっと話し出した、とホッとした。
ただ、つくしの安堵は一瞬で消えることとなる。
「回りくどい言い方は苦手だし好きじゃねえから、はっきり言う」
「何?」
司は真っ直ぐつくしを見ると、すうっと息を吸い、そして言葉を放った。
「牧野、俺と結婚してくれ」
思いもよらない――本当に、本当に思いもよらない言葉だった。
つくしはあまりの驚きに、ただ茫然としていた。
目を丸くするとか、眉間に皺を寄せるとか、口をぽかんとあけるとか。
そんなこともすべて出来ない程に驚いて、ただ司をじっと見つめたまま固まった。
( 結婚してくれ、って……? )
じわじわと脳内に言葉が浸透する。
それと同時に、当たり前過ぎてどうしようもないことばかりが浮かぶ。
( 婚約もしてない、ていうか、つきあってもないのに……? )
つくしにはその真意がまるでわからなかった。
「ごめん、理解出来ない」
「理解もへったくれもねえ。そのままだ。俺と結婚してくれって言ってんだ」
「……」
冗談でしょ、からかってるの?と笑おうかと思った。
本気で思った。
それくらい、つくしには考えられない事なのだ。
もう一度やり直そうなら、まだわかる。 けれど、結婚なんて話が飛躍しすぎる。
「道明寺。本気?」
「冗談でこんなこと言わねえよ」
力強い光を放つ瞳は真剣そのもので、冗談でもからかっているわけでもないことは、明白だった。
――いや、最初からわかっていた。
わかっていたけれど、確かめずにはいられなかった。
司との結婚を覚悟した時があった。
そうなりたいと願った時があった。
この男を幸せにしたいと、一緒に歩いていこうと心から思っていた。
けれど、すべては過去になった。
終わらせたのはつくし。
自分の手で終わらせたはずなのに、ひどく落ち込んで、どうやっても前を向けずに、もがき苦しんだ。
苦しんで苦しんで――もう二度とこんな想いはしたくないと強く思った。
けれど、苦しんだのは自分だけではない。
司を傷つけたことも自覚している。
司だってきっと、あんな想いは二度としたくないはずだ。
もう一度ぶつかってきた司は、もう一度傷つくかもしれないことをわかっているのだろうか。
その覚悟があるのだろうか。
――思ったら、つくしは確かめずにはいられなかった。
でも、司の覚悟を確かめながら、つくしは別のことに気付いた。
好きで居続けることは、覚悟するもしないもないのだということ。
抑えきれない想いが、そこにあるのだということ。
傷ついたからと言って、もう二度と同じ想いはしたくないからと言って、心は決して立ち止まらないのだということ。
ようやく一歩ずつ踏み出せた時、常に寄り添ってくれる優しさに気付いた。
いつでも深い優しさに包まれていたことを知った。
そこには、意地を張らずに、無理をせずに、肩の力を抜いて笑っていられる自分がいた。
戸惑った。
また傷つくかもしれないと怯えて、なかなか踏み出せない自分がいた。
同じ道を辿るかもしれない。また傷ついて、今度こそ立ち上がれないかもしれない。
それでも、好きで、好きで、想いはどんどん募った。
――つくしにも、同じ想いがきちんとある。
司の気持ちは、つくしが抱える気持ちときっと何ら変わらない。
ならば、誤魔化しはいらない。しては、いけない。
つくしは司を真っ直ぐに見た。
「道明寺、あたし――」
「返事は、今すぐしなくていい」
「――え?」
「今すぐじゃなくていいんだ。考えてほしい」
きちんと伝えようとしたつくしの言葉は、司の言葉で遮られた。
それはまるで、つくしの想いを察しているような、わかっていて遮るような、切羽詰まった声だった。
「突然言ったところで、おまえがイエスと言わないことはわかってる。ずっと放りっぱなしにしていたのは俺なんだから」
「道明寺……」
「俺は別れるつもりは最初からないし、別れたつもりもない。でもおまえが別れたと思っていることはわかってる。俺もそこまで自我を押し通すつもりはねえ」
「これでもちっとは成長したんだ」と笑った司の笑顔は、記憶の中よりもずいぶん大人びていた。
「だけど、どんなに考えたところで、おまえの気持ちを理解しようとしたところで、やっぱり俺はおまえが好きだから。おまえ以外は考えられねえから。俺はおまえがいたら幸せになれるし、おまえを幸せにしたい」
司は、今も昔も、何一つ変わっていない。
( あたし、そんな道明寺に憧れてたな )
めちゃくちゃなところがたくさんあった。理解出来ないことも多かった。
それでもその強さに惹かれた。真っ直ぐさに、惹かれた。
ぐちゃぐちゃ考えてしまうつくしの思考回路を遮断して、躊躇って伸ばしきれずにいる手を掴んで引っ張ってくれた。
きっとこの先も、何があってもそれは変わらなくて、どんなに振り払っても、何度でもその手を握り直してくれるだろう。
どんなにぶつかっても、諦めずにぶつかり続けてくれるだろう。
そしてきっと、つくしを幸せにする。
そんな司に守られて、隣で笑っていた自分を思い出した。
わかっていた。あの頃からずっと。
わかっていたけれど、選べなかった。
つくしには、どうしてもその先の未来を歩く自分が見えなかった。
「今の俺には責任がある。何千何万の社員達の生活や未来の一部を背負ってる。これから先、もっと背負うようになっていく。もう昔のように、財閥を捨てるなんて言えねえし、そんなことは出来ねえ。でも俺は――おまえへの気持ちは、ずっと変わらない自信がある。今も、十年先も五十年先も、たとえ百年先も。おまえは俺の選んだ女だ。唯一認めた女だ。俺の真ん中には、いつでもおまえがいる」
司はつくしを見て、ゆっくりと言った。
「牧野。もう一度、俺との未来を見てほしい。俺と結婚してくれ」
真剣な瞳がそこにあった。
つくしは、その瞳を見つめ続けた。
その想いのすべてを心に刻み込みながら。
嬉しかった――素直に。
この男に愛されたことを世界中に自慢したいくらい、本当に嬉しかった。
その気持ちは、たしかだった。
「道明寺」
「ん?」
「ありがとう」
つくしは、頭を下げた。
「本当に、ありがとう」
頭をあげると、優しい眼差しでつくしを見つめる司がいた。
今こそ、きちんと自分の想いを伝えなければいけない。
真摯な想いには、真摯な想いで応えなければ、いけないのだ。
つくしは、すうっと息を吸う。
「道明寺、あたし――」