蜂蜜色の午後
COLORFUL LOVE

「暖かくて気持ちいいねえ」
「ああ、そうだな」
「太陽って偉大だよね」
「うん、たしかに」

思いついたままポツリポツリと言葉を紡ぐつくしと、その一つひとつに穏やかな返事を落とすあきら。
手にはそれぞれ読みかけの本、傍にはティーカップとお菓子が少し。


十二月二十八日の昼下がり。
つくしとあきらは、広い広い美作邸の尤も西側に位置する部屋で、寛いだ時間を過ごしていた。
この部屋は、美作邸の美しい庭に面した大きなガラス窓と邸の西側を見渡せる立派な出窓、そして、他のどの部屋にもない大きな大きな天窓があって、晴れの日ならば常に陽の光に満ちている。
一番最初にこの部屋へ案内されたのはいつだったか――おそらく一年以上前、たしか司と別れた頃だった気がする――その日もやっぱりよく晴れた日で、つくしは一瞬でこの部屋が気に入って、それ以来何度かここでのんびりと優雅なひと時を過ごさせてもらっていた。
優雅なひととき――そう、この部屋にはその言葉がしっくりくる。

あきらがこの部屋に招き入れるのは、つくしだけ――少なくともつくしは、あきら以外の人間とここへ入ったことがない。いつだって二人きり。
もちろん部屋が狭いわけではない。たっぷりとした豪華なソファセット、それに見合う大きなローテーブル、窓に近い位置には真っ白なハンギングチェア――これはつくしの一番のお気に入り――。いつも集まる仲間たちが集うことは十分に出来る。むしろ、二人だけではもったいないほどの広さだ。
でも、あきらがここへつくし以外の人間を招く気配はない。
理由を訊いたことはない。
ただいつだったか、ポツリと零した言葉がある。

――「この部屋に、余計な喧騒はいらないんだよ」

あきらの言う「余計な喧騒」というのがなんなのか、それを正確に知るにはあきら本人に訊くしかない。
けれどつくしは、おそらくそれは自分が思っていることと同じだろうとぼんやり感じていた。

(この部屋の静けさって心地良いもんね)

この部屋に流れる空気はどこか特別な温度を持っている。
いつだって、ここへ入るとつくしの口数は自然と減った。
何をどう意識しているわけでもなかったが、必要以上に言葉を並べる必要を感じなかった。
この部屋には、注ぎ込む陽の光以外の熱も、煌めきも、余計なざわめきもいらない。
だからつくしは、誰か他の人と一緒の時にここへ来たいと言ったことがない。
ここは特別な場所――そんなふうに位置付けて大切にしてきた。
ソファでお茶を飲んだり、ハンギングチェアでゆらゆら揺られながら本を読んだり、大きな窓から庭を眺めたり。
その一つひとつはどれも他愛のない普通のことばかりだけれど、惜しみなく注がれる陽の光の中というだけで、そのすべてがちょっぴり特別なことに思えた。
そしてそれを心の底から堪能するには、自ら何かを発するのではなく、静かに吸い込んですべてを受け止めるほうがいい。――頭で考えたわけではない。自然とそうなった。
そしてそこには、同じように静かに佇むあきらが、居た。――いつも。
もちろん、今も。

本を手にハンギングチェアに揺られていたつくしは、ソファに座るあきらをそっと盗み見る。
彼は本に視線を落としたまま、テーブルのティーカップに手を伸ばしていた。
組まれた長い脚も、カップを口に運ぶ優雅な仕草も、長い睫毛が影を落とす端正な横顔も、そのすべてがつくしを惹きつけて、自然と頬が熱を持つ。
トクンと僅かに鼓動が跳ねるのを感じて、そんな自分に慌てた。
誤魔化すようにサイドテーブルのティーカップを手に取りコクリと飲めば、冷めかかったお茶が頬の火照りを取ってくれる気がした。
つくしはふうっと息を吐く。そして、窓の外に視線を移した。
何か特別なものがあるわけではない。手入れの行き届いた庭、どこまでも穏やかな冬の空。静かで緩やかな景色が広がっているだけだ。
でもつくしにはそれが何よりも心地良くて、差し込む光に僅かに目を細め、ぼんやりと外を見つめ続けた。

「お茶のおかわりいる?」

ふいにあきらの声がした。
ハッとして振り向くと、あきらがティーポットを手にこちらを見ている。

「あ、うん。いただきます」

つくしはカップに残った僅かなお茶を飲み干して、近づいてきたあきらにカップを差し出す。すぐにそのカップを受け取ったあきらが静かにお茶を注いだ。
レモンバーム――今日用意された甘いクッキーにはレモンの香りが漂うハーブティが最高の組合わせだ――のいい香りが広がった。
「ありがとう」と言ったつくしの声の響きが消えきらないうちに、あきらが再び言葉を紡いだ。

「なんかおもしろいものでも見えた?」
「え?」
「ずいぶん長いこと見てたからさ」

あきらの視線は、先程までつくしが見ていた窓の外に向けられている。

「ああ、ううん、別に何も。ただ……」
「ただ?」
「気持ちいいなあと思って」

つくしの言葉に、あきらは目元を緩めて「そっか」とだけ言った。
「うん」と小さく返事をして、つくしは淹れ立てのお茶を一口飲む。
視界の端に、先程までつくしがしていたように目を細めて窓の外を見つめるあきらの横顔が写り込んだ。
途端に、その横顔から目が離せなくなった。

(……綺麗な顔)

ついさっきも思った。いや、いつも思っていることだ。
でも、今は殊更だ。
柔らかな陽の光がさらにその魅力を浮き彫りにして、つくしの心を縫い付けた。

(こんな綺麗な横顔をしたこの人が、あたしの――)

そこまで考えたら、またトクンと鼓動が跳ねた。

「でも、良かったのか?」
「え?」

絶妙なタイミングで降ってきたあきらの声に、つくしの鼓動はますます跳ね、声が不自然なほどに裏返った。
あきらの顔に、驚きとも戸惑いとも取れる表情が滲む。
けれどつくしが「何が?」と訊くと、あきらは何事もなかったかのように表情を戻して、変わらぬ声で言った。

「こんないつも通りの過ごし方で、本当に良かったのか? せっかくの誕生日なのに」
「……ああ」

――そう。今日はつくしの誕生日だった。

 

四日前のクリスマス・イヴ。
あきらが高熱を出して倒れた。
直後はずいぶん心配したけれど、熱は二日程ですっかり下がった。
翌日再び往診に来た美作邸の主治医が「予想以上に回復が早いですね。このまま熱以外の症状が出なければもう大丈夫でしょう」と言った。
その言葉通り、多少声の掠れが残ったくらいで、咳や鼻水と言った風邪に伴う症状は一切出ず、あきらはあっという間に元気になった。
「きつくなければ無理に寝てる必要もない」と言われたあきらは、クリスマスの翌日にはすっかり元通りの生活に戻ったのだけれど、病み上がりであることを心配したつくしは、あきらに外出を禁じて毎日美作邸へと通ってきていた。
「もう大丈夫だよ」とあきらは笑ったけれど、「心配だから」とつくしはそれだけを繰り返した。
あれから四日経った今だってつくしの心配は完全には消えてはいない。
その原因を作り出したのが自分自身だという思いがあるから。たとえそれが偶然が重なった末の出来事で、あきらがどんなに「牧野のせいじゃない」と言ったとしても。
――いや、そんな理由は結局のところ二の次なのだ。
つくしがあきらを心配に思うのは、彼が大切だから。
つくしが美作邸に通うのは、あきらに会いたいから。
そんな想いは、鈍いつくしとて自覚していた。
ただ素直に「会いたいから」と言うのが照れて躊躇われてしまうだけ。
そんなつくしの気持ちに気付いているのかいないのか、あきらは余計なことを一切言わず、毎日やってくるつくしを常に笑顔で迎え入れてくれた。
そして昨日、帰り際に言った。
「明日は朝からどこかへ出かけようか」と。
誕生日だからどこでも好きなところへ連れていくと言うあきらに、つくしは笑顔で即答した。
「なら、あの天窓の部屋で過ごしたい」と。



「今からでもどこか行くか?」
「ううん。ここで十分だよ」
「だけど、これじゃあ――」
「ここで過ごしたかったの。だから満足」

つくしはそう言ってニコリと笑いハンギングチェアから立ち上がると、ティーカップを手にすたすたとソファへと向かった。
テーブルの真ん中の大きなプレートに綺麗に並べられたクッキーをじっくりと眺めてひとつ摘まむと、ポフンと座って幸せそうに頬張った。
そんなつくしをじっと見つめていたあきらはふうっと息を吐いて、それからゆっくりと歩み寄ると、ティーポットをテーブルに置きながらつくしの隣に座った。

「まだ心配か? 俺なら本当にもう平気だからどこにでも――」
「わかってるよ。元気になって本当に良かった。でも、最初からここがいいって思ってたの」
「最初から?」
「うん。美作さんと過ごせるなら、ここがいいなって」

誕生日をあきらと過ごせる予感があったわけではない。過ごせたらいいな、という小さな望みがあっただけ。
しかも、望みを抱いておきながらも無責任なことに、自分の誕生日のことなどすっかり忘れていた。

あきらが倒れたあの日。
思いがけず二人の想いを重ねることができた。
そしてあきらが思い出させてくれたのだ。誕生日を。そこに抱いた小さな望みを。

「好きなんだよね、この部屋。陽の光をたっぷり浴びてゆったりとした時間を過ごせるの。こんな贅沢なことって、なかなかない気がしない?」

どこだっていい。あきらと一緒なら。
でもこの部屋の空気感は、いつだってあきらの優しさに似ていた。
この部屋で過ごすたびに、あきらに包み込まれているような温かさを感じてきた。
だから、想いが通じ合った今――今だからこそ、ここであきらと過ごしたかった。
ずっとずっと心の奥底で思っていた「優しさの独占」をしてみたかった。

「変わり映えしなくても、いつもと一緒でも、私の望みはこれなの」

――そんな想いのすべてを説明するなんて、恥ずかしくて曖昧で、とても出来そうないけれど。

「ごめんね、私のわがままにつき合わせて」
「別に謝ることないけど。俺は牧野と過ごせればどこだって楽しいから」
「……」

(あたしもだよ、美作さん)

心の中で呟けば、温かくて少しだけくすぐったい想いが広がった。

長い長い片想いとまではいかないかもしれないけれど、惹かれていることに気付いてから今までずっと心の奥底に沈めて秘めていた想いをあきらに伝えられたことは、確実につくしの心を軽くした。
会うたび膨れる愛しさと、それと同じくらい――いや、それ以上に膨れてきていた切なさや苦しさで、身動きが取れなくなる寸前だったから。
あきらが倒れたことは決して喜ばしいことではない。けれどそれが、つくしに踏み出すきっかけを与えてくれた。
きっと、今までとなんら変わることのない日々が続いていては、今も尚吐き出すことは叶わなかっただろう。
でもあの日あの時、倒れたあきらの、文字通り「熱に浮かされた」瞳がそこにあったから。
だから言えたのだと思う。
何も恐れずに。迷わずに。
先に想いを告げてくれたあきらもまた、きっと同じなのではないかと、つくしにはそう思えた。

ぼんやりと思い耽りながら、部屋に漂う静寂と射し込む光の温度を感じる。
流れる空気は、想いを重ねる前も後も、まるで変わっていない。
多少の気恥ずかしさは纏うものの、意気込んだり慌てて取り繕ったりする必要がない。
優しくて穏やかで、どこか甘い。

(こんな恋愛もあるんだなあ)

恋も恋愛もその関係性も十人十色。百人いれば百通り。
頭でわかってはいても、一風変わった司との恋愛しか知らないつくしには、どこか信じられない気持ちもあった。
でも。
確かに、彼は隣にいる。
想いを重ねた、愛しい人――美作あきら。
つくしが好きになったままの、優しく穏やかな空気を纏ったあきらが、手を伸ばせば届く距離にいて、つくしをまるごと包み込んでくれている。
照れくさくてくすぐったいけれど、素直にそう思えた。

いつの間にか、じっとあきらを見つめていたらしいつくしの視界の真ん中で、端正な横顔が破顔した。

「なんだよ」

同時に優しい声が響いた。
はっと我に返ると、あきらはつくしを見て楽しそうに笑っていた。

「穴が開くかと思ったぞ」
「あ、ごめん」
「別にいいんだけどさ」

羞恥にほんのり頬を染めて、慌てた様子でティーカップを手に取るつくし。
そんなつくしの一連の動作をじっと見つめていたあきらが静かに訊いた。

「何考えてた?」
「え?」
「今。なにか考えてただろ? 読み取ろうかと思ったけど無理だったよ。俺はエスパーじゃないからさ」
「そんなのしなくていいよ。別に、たいしたことじゃないから」
「そう?」
「うん」

本当にたいしたことではなかった。
でも、胸の中には愛しく温かな想いが積もっていた。

「……ただ」
「ただ?」

静かにつくしの言葉を待つあきらは、ずっと見つめ続けてきたあきら、そのもの。
自然と言葉が零れた。

「何にも変わらないんだなあって、思ったの」

想いを寄せてた彼と、想いを重ねた彼と。
大好きな彼が、何ひとつ変わらず隣にいてくれる。
言葉にしてみれば、それは大きな悦びなんだと実感に変わる。
じんわりと、でも身体の隅々まで熱が広がっていくような感覚に、思わずそれきり口を噤んだ。
そんなつくしをじっと見つめていたあきら。
つくしの言葉は、明らかに言葉足らずに違いないのに、あきらはほんの一瞬眉を寄せて思考を巡らす仕草を見せただけで、すぐにふわりと微笑んだ。

「牧野だって何にも変わってないよ」
「……」

(本当に勘のいい人)

つくしはふっと笑う。
それを見て、あきらも笑みを深くした。

胸が疼く。
楽しくて、嬉しくて、愛しくて。
身体の隅々まで満たす幸福感のど真ん中で、胸が疼いて仕方がない。
彼が彼であることの証明がほしい。
数日前とは明らかに違う彼との距離を実感したい。
満たされる実感の中で尚満たされたいと望む贅沢な感情が湧いてくる。
こんなことは初めてで、どうしたらいいのか、その術を見出せないつくしがいる。
楽しくて、嬉しくて、愛しくて、だから苦しい。

いつの間にか俯いていたつくしの手に、ふと何かが触れた。
それは、自分のではない温もり。
あきらの手が、つくしの手に触れている。
視界にそれを認めた途端、つくしの身体がピクリと震えた。

「……こうやってさ、少しずつでいいんじゃないかな」

静かに穏やかに、あきらの声が響いた。
吸い寄せられるように顔をあげるつくし。そのつくしの視界に映ったのは、口の端を小さく上げて触れ合った手を見下ろす、あきらの優しい優しい横顔だった。

「距離って大事だと思うんだ」
「……距離?」

呟くように訊き返したつくしに、あきらは小さくうんと頷いて、やがてゆっくり顔をあげるとつくしを見た。

「突然の変化って不自然さが付き纏うだろ? 突然近づいても突然離れても、なんでどうしてってそこに理由を探したくなる。俺はあんまりそういうのが好きじゃなくてさ。出来る限り自然でありたいんだよ、何事も。人との距離は特にそう思う。それが大切な相手なら尚のこと」

あきらの紡ぐ言葉はとても優しい。
けれどそこには確かな意思と温度がある。
じんわりと、でもしっかりと、つくしの胸に沁み入る。

「牧野とは、出会って友達になって、好きになって……思い返せばいろんなことあったけど、その中で少しずつ近付いて今がある。だから、まるごと大切にしたい。ここまでの時間も、これからの時間も」
「……」
「だから、」

言葉が途切れて、触れられていただけの手がしっかりと重ねられて、ぎゅっと握られた。

「だから、無理しないで隣にいてほしい。いつも通り。今まで通り」
「……」
「立ち止まる時も、前へ進む時も、一緒に。……な?」

囁くように降ってくるあきらの言葉に、つくしは胸がいっぱいになる。
泣きたくなるほどの愛しさに言葉が出ずただうんと頷くと、あきらは嬉しそうに微笑んだ。
そしてゆっくりと視線をつくしから天窓へと移す。
天窓から降り注ぐ冬の柔らかな陽射し。その眩しさに目を閉じた端正な横顔は、光を浴びてさらに美しく思えた。

――「だから、無理しないで隣いてほしい」
――「立ち止まる時も、前へ進む時も、一緒に」

言われたばかりのあきらの言葉が再び胸に広がって、留めきれない感情と共に涙がこみ上げてきた。
つくしも天窓を仰ぐ。
繋がれた手の先のあきらと同じように、眩しさに目を閉じて。
涙が零れ落ちたりしないように、目を閉じて。
手から伝わるあきらの体温が心地良い。
きちんと隣にいるんだと、繋がっているんだと、実感が湧く。
嬉しくて、愛しくて、それを伝えたくて、握られていた手を握り返す。
するとそれに応えるようにさらにぎゅっと握られて、ますます嬉しくて愛しく思えた。

ふいに、閉じたまぶた越しに感じていた光が遮られ、暗くなった。
雲で太陽が隠れたのだろうかと、それを確かめるためにつくしはゆっくり目を開けようとした。
その時。

「そのまま」

すぐ近くであきらの声がした。いや、吐息と共に声を感じた。
ぴくりと反応するつくし。
咄嗟に「え?」と声を出した次の瞬間、光が遮られた空間に温もりを感じた。
――唇に。

「……っ」

心臓がどくんと脈打って、頭が真っ白になった。

(……み、まさか……さん)

触れるだけの口づけに、二人の体温がゆっくりと合わさっていく。
永遠とも思える長い時間、真っ白な思考の中、あきらの纏う甘い香りがつくしを包み込んでいた。
やがて唇が離れていくのを感じて、つくしはゆっくり目を開けた。
視界いっぱいにあきらの顔。そしてあきらの瞳。
じっと見つめ合ったその先で、あきらの口が動いた。

「不意打ち、すぎた?」

吐息ごと感じたその囁きに、つくしの頬が熱を持つ。
小さく頷くと、あきらの、繋いでいないほうの手が、つくしの頬をゆっくりと包み込んだ。親指がそっと頬を撫で、耳元に差し込まれた指に髪が擦れてくしゃりと音を立てた。
囁きが響く。

「驚かせたな。でも、我慢できなかった」
「……」
「愛しくてたまらない時って、言葉が追いつかないもんだな」

「初めて知ったよ」と消え入る程の小さな呟きは、誰に向けてのものだろう。
ただじっとあきらを見つめるしかできないつくしに、あきらは小さく微笑んで、そして今度ははっきりとした声で告げた。

「牧野、誕生日おめでとう。……愛してるよ、心から」

視界のあきらが揺らぐのは、あきらの瞳が揺らいでいるからだろうか。それとも、つくしの瞳が揺らいでいるのだろうか。
そのどちらともわからないうちに、もう一度唇にあきらの体温を感じて、つくしはそっと目を閉じた。

(……きっと。)

触れるだけの口づけは、徐々に熱を帯びていく。
深く長くなるそれに、たまらず繋がれた手にぎゅっと力を込めれば、あやすように指をするりと撫でられて、更なる熱を埋め込まれた。

(……きっと、あたしは。)

驚きと、戸惑いと、それ以上に膨れる愛しさと。
胸の疼きが甘い痺れに変わってゆく。

(きっと、あたしは。――これを望んでた。)

言葉が追いつかないのはつくしも同じ。
相手を求める想いも、同じ。
だから、こうして彼を感じたかった。
彼が彼であることの証明を、数日前とは明らかに違う彼との距離を、こうして実感したかった。
きっとこれが、今のあきらとつくしの自然な距離。

突然のキスが愛おしい。
悦びが全身を駆け巡る。

(ありがとう、美作さん。大好きだよ、あたしも――あたしも、愛してるよ)




陽だまりの中で交わされる口づけは、どこか神聖な儀式のようで。
この時が永遠に続けばいいと思えるほどに幸せで。
つくしの一年に一度の記念日を、甘く薫り立つ蜂蜜色に染めた。

Fin.
After Word ―陽だまりに溶け合った心
2014.01.03 蜂蜜色の午後
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