「パーティー終わったら牧野を迎えに来て、一緒に過ごそうと思ってたんだよ。だから……これから行って、ルームサービス頼もうか?」
つくしの表情が僅かに曇る。
「ホテル、戻るの嫌か?」
「あ、ううん。そうじゃ――」
「もしあそこが嫌なら、他のホテル取ってもいいし、うちに来ても構わないけど――」
「ううん。そうじゃないの。あたし、あそこのホテルはとても好きだし、別に嫌じゃないよ。そうじゃなくてね。あたし、松本さんにヘンなこと言っちゃったなって……」
あきらが松本の名前を出した瞬間に思い出した。
「……ああ。牧野と過ごすために部屋を取ったわけじゃないかもしれない、って、あれ?」
つくしはコクンと頷く。落ち込んでいたとは言えそんなことを言う必要はなかったと、今更ながら後悔でいっぱいになる。
「ごめんね。あたし、なんかすっごく動揺してて、それで――」
「気にしてないよ。今はもうわかるだろ? おまえと過ごすために部屋を取った、って」
「……うん」
「ならそれでよし」
頷くつくしにあきらは笑顔を向け、続けて言った。
「松本、すっげえ心配してた」
「え?」
「いつも元気な牧野がひどく落ち込んでる、って。俺は牧野に甘え過ぎだって言われたよ」
「松本さんに?」
「牧野様に、パーティーだから仕方ない、とか、成り行きで、なんてことは通用しないと思います。牧野様は、専務の行動に傷ついておられます。すぐにでも誤解を解くべきだったのではありませんか?」
「それ、松本さんが言ったの?」
「そう。なかなか手厳しい秘書だよ。でも本当にその通りなんだけど」
「仕方ないよ。ああいう場だし……さっき美作さんも言ってたけど、あたしも会社の人と一緒だったから、すぐになんて話せなかったよ」
あきらはフルフルと首を振った。
「それでも、だよ。傷つけた現実は取り戻せなくても、それ以上傷つけないようにすることは出来たはずなんだから」
悔しげな笑みを浮かべるあきらに、今度はつくしがフルフルと首を振った。
「美作さんだけが悪いわけじゃないよ。お互い様だよ。あたしだってただ見てるだけで何も行動に起こしてない。真正面から受け止めずに逃げたあたしのほうが――」
あきらに抱き寄せられ、言葉は途中で途切れた。
あきらがくすくす笑っている振動が伝わってくる。
「俺らって、自分が自分がっていつまで言ってんだろうな」
言われてみればそうだった。さっきから、何度同じようなやりとりを繰り返しているのだろう。
「……たしかにそうだね」
「いっつもこれだよな。多分これからも変わんねえんだけど」
「……うん」
「俺は牧野の気持ちを受け止めたし、牧野も俺の気持ちをわかってくれた。……それでいいのにな」
「……うん」
あきらから伝わってくる、くすくすと笑うその振動が心地良かった。
この腕にずっと抱きしめられるなら、そのまま朝になってもいいな、なんてそんなことを考えて、そんな自分に照れて頬を染めるつくしがいた。
*
窓の外は、キラキラとしたクリスマスの景色が流れていた。
キラキラ、キラキラ、輝く光が流れる。
ふと、ホテルからアパートへ戻るタクシーの中、ずっと窓の外を見ていたことを思い出した。けれどその時は、どんな景色も色を失っていて、見ていたはずなのに何一つ記憶に残りはしなかった。
今はきちんとすべてが色づいて見える。それはきっとあきらが隣にいるからで、あの時抱えていた不安や絶望に近いせつない想いがないから。
代わりにそこには、温かな想いや安堵がある。でも、じっくりと自分の心を覗き見れば、そのすべてが温かいわけではなく、不安や絶望に近いあのせつない想いが綺麗さっぱり消えたわけではなかった。
気になることはまだまだあった。もやもやとした想いは胸の奥に燻っていて、時々それが一番上に押し上げられてきた。
本当にあの人とは、何の関係もないの?
あの人の気持ちには気付いてるの?
お父さんのところへ行ったのは、何の用があったからなの?
あたし、ずっと傍に居て迷惑じゃないの?
不安は後から後から押し寄せてくる。
でも、それを今すぐ口にする気にはなれなかった。
つくし自身、何をどう切り出していいのか、それを知ってどうするのか。自分でもよくわからずにいた。
ただ、見てしまったことや聞いてしまった噂がすべて消えることはなく、それが時々つくしをひどく苦しくして、頭をよぎるたび、胸がズキンと痛んだ。思わず胸を押さえる。そして、そんな自分に気付いて手を戻す。
それを何度も繰り返していた。
そしてまた今、胸に手を置いている自分に気付いた。
――何やってんのよ、あたし。
はあ、と小さく息を吐いて、手を膝に戻す。
するとふいに、その手に温かな手が重なった。
辿って横を見れば、運転中のあきらがチラリとつくしを見て、そしてそれから車を路肩に寄せるとゆっくりと停めた。
完全に車が止まると、あきらはシートベルトを外し、助手席側に乗り出すようにしてつくしに近づき顔を寄せた。
「具合悪い?」
「え?」
「車酔いかな。気をつけて運転してたつもりだけど、この渋滞だしブレーキも多かったから」
あきらは気遣うようにつくしの肩に手を置いた。
いくら運転しているからと言って、ため息をついたり胸に手を当てるつくしに気付かないほど、あきらはぼんやりした男ではない。
思えば少し前に鼻歌は止み、車中はしんと静まり返っていた。
きっとその時からずっとあきらはつくしの様子を気にして、停車出来る場所を探していたんだろう。
そんな考えに辿り着いたつくしは、「シート少しだけ倒そうか」という言葉と共につくしの前に伸びてきたあきらの腕に触れた。
それに反応してつくしの顔を見たあきらに、フルフルと首を振った。
「違うの。ごめんね。全然酔ってないから大丈夫」
「でも……」
「本当に本当に大丈夫」
「……ホントに?」
「うん。ちょっといろいろ考えてたら胸が苦しくなったっていうか、って言っても本当に苦しいわけじゃなくて、えっと、そうじゃなくてね……」
つくしはどう言っていいのかわからず、途中で言葉を失った。
考え込むように黙りこくったつくしをあきらはじっと見つめ、やがて優しく息を吐き、安堵したように笑みを浮かべた。
「具合悪いわけじゃないならいいんだ。酔ったなら、少し休んだほうがいいかなって思ったんだけど……じゃあ、行って大丈夫?」
「うん。ごめんね。余計な心配させて。車まで止めてもらっちゃって」
「いや、そんなのは気にしなくていいよ。……なあ、牧野」
「ん?」
「我慢することないからな」
「……」
「何でも言っていい。不安でも心配でも、もちろん文句でも」
あきらはきちんと理解していた。つくしが上手く言えなかったその気持ちを。
「何日もぐちゃぐちゃした気持ちを抱えさせてたからな、俺。さっき話したことだけで、一掃出来たなんて思ってない。まだ傷を残したままだってこともわかってる」
「美作さん……」
「だから何でも言っていいから。思ってること、全部ぶつけていいからな。今すぐじゃなくても、言える時でかまわないから、何でも言って。しつこいくらい問い詰めろよ、俺を」
にっこりと笑うあきらをじっと見つめる。
――わかってくれるんだね、美作さん。
つくしはあきらの優しさが嬉しかった。
コクリと頷くと、あきらは笑みを深くした。
再びシートベルトを締めたあきらは優しく微笑んで、それから車を滑らせるように発信させた。
「もうすぐ着くから」
「うん」
再び車中にあきらの鼻歌が流れる。
穏やかで緩やかな空間で、心を繋ぐように手を繋いだ。
見覚えのある道順を辿っていることに気付いたのは、到着する数分前だった。
「ねえ、今向かってるのって……」
「気付いた? うちだよ」
「やっぱり。……でも、寄り道なの?」
「そう」
さも当然とばかりに言い切るあきらの横顔を、つくしは不思議そうに見つめた。
――これって最初からそのつもりだったのかなあ。だったら、ホテル取ったりしなくても、そのまま家で居たらいいのに。
なんとなく不可思議で割り切れない気持ちを抱く。
けれど、それをあきらに直接ぶつけるよりも前に、車は美作邸へと到着した。
速度を緩めた車はスルスルと立派な門を潜り、そして広々とした駐車スペースに入ると間もなくピタリと停まった。「降りるぞ」と微笑むあきらに従って、つくしは車のドアに手を掛ける。何の目的でここに来たのかはわからないまま。
すぐに助手席側へ回ってきたあきらを見上げて訊いた。
「ねえ、どうしてここに?」
「牧野に見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
「うん」
なんだかわからず小さく首を傾げたつくしに、あきらは意味深な笑みを浮かべただけでそれ以上は何も言わず、つくしの手を取って歩き出した。
手入れの行き届いた綺麗な庭をぐんぐん奥へと進んでいく。
クリスマスだからだろうか、ほわほわと点滅を繰り返す電飾の施されたペーブメントが闇に浮かび上がり、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
それだけではない。冬芝にも極々小さなライトが散りばめられ、それはまるで芝一面に小花が咲いているようだった。
「ねえねえ、これ、お母さんがやったの?」
「ん? ああ、そう。正確には、おふくろが庭師にやらせたんだけど」
「やっぱり。すっごく綺麗」
「そうか?」
「うん。でも、毎年やってたっけ? 去年とかどうだったか、記憶があんまりないんだけど」
「去年は、ここまではしてなかったかな」
「そっか」
忘れていたわけではないらしいことに、小さくホッとした。そして、今年が特別なのだとしたら、それを見ることが出来たなんて――しかもその中をこうして歩けるなんて、とてもラッキーだと思った。
――だから、ここに誘ってくれたのかな?
つくしはあきらの背中を見つめながら、繋いだ手にきゅっと力を込めた。
それに反応して、あきらはくるりと振り向く。
「どうした?」
「……ありがと。こんな綺麗なお庭見せてくれて」
「ああ。でもその言葉はまだ早いかも」
「え?」
あきらは微笑み、これから歩いて行くだろう先を指差した。
前を歩いていたあきらがつくしの横に並ぶ。途端に開けた視界に、突然、小さな光の家が浮かんだ。
つくしは思わず足を止める。
「え? あれって……」
「東屋」
「え、え、東屋?」
「そう」
建物全体に綺麗な電飾が施されたその光景は、華やかで煌びやかで、まるで絵本の中の世界がまるごと飛び出してきたようだった。
「うっわぁ……すごい。……東屋が、全部全部光ってるよ?」
「たしかに、全部光ってるな」
「これもお母さん?」
「そう。これも毎年じゃないんだけど、時々やるんだ」
「へええ……」
住宅街を歩いていると、とても気合いの入ったイルミネーションを施している家を時々見かける。すごいなあ、きれいだなあ、と思うけれど、これはそんなものとは比べ物にならないほど大掛かりだった。
「こんなの初めて見たよ。……うわあ、すごいなあ」
「まあ俺も、こんなすげえのは初めて見た」
「え?そうなの?」
「うん。……ったく、気合い入れ過ぎなんだよ」
最後はボソボソとした小さな声だった。
なんとなくしか聞き取れなかったつくしだけれど、目の前に広がる光景に目も心も奪われていたから、聞き返すことはしなかった。
「昔、こういうのに憧れてたなあ。近所とかで時々見かけるたびに綺麗だなあって」
「実際やったことは?」
「うちにそんな余裕あるわけないじゃない」
つくしの家には、小さな小さなクリスマスツリーしかなかった。それも、一晩中点けていたら電気代がもったいないからと言って、クリスマスの夜にほんの一瞬点けるだけ。けれどそれがつくしにとっての現実だったから、それでいいと受け入れてきた。決して不満だったわけじゃない。
でも、小さな憧れはいつだって胸の奥に眠っていた。
「すごいなあ。ほんと、すごい」
「あはは。そこまで感動してくれるとはな」
「だって本当にすごいもん」
いつまでも飽きずに眺め続けるつくしにあきらは微笑み、「寒いから中へ入ろう」とつくしの手を引いた。
一歩踏み出す度、光の家が大きくなり、その煌めきも増す。
やがて、光の輪郭しか見えなかった建物の外壁がある程度はっきりと捉えられる距離へと近づき、改めてそこが東屋であることが認識出来た。
ふと昔の記憶が甦った。
それは、司と一緒に東屋に閉じ込められた、遠い遠い過去の記憶。
その時の室内の様子や司の表情、二人の間に起きた様々なことが脳裏をよぎった。
今はもう、昔のように痛みが走るわけではない。けれどいつまでも鮮明なその記憶は、つくしの中に後ろめたさにも似た重苦しくてほろ苦い感情を生む。
――もう何年も何年も前のことなのにな。
そんな感情を抱えた自分をあきらに気付かれたくなくて、つくしはこっそりため息を吐くと、フルフルと小さく頭を振った。
細心の注意を払った。それでもその小さな振動は、繋いだ手から伝わってしまったのだろう。俯き加減のつくしの頭上に、あきらの声が降ってきた。
「大丈夫か?」
見上げれば、あきらはつくしをまっすぐに見つめている。
もう何かを感じ取ってしまっただろうか、と思いながらも、つくしは「なんでもないよ。大丈夫」と笑みを浮かべた。
――どうか、何も気付かないで。
心の奥底で祈るように強く思う。
あきらは何も言わずに微笑むと「着いたぞ」とあと数歩で辿り着く東屋の扉を指差した。
扉の前で鍵を手にカチャカチャと音をさせるあきらの背中を見ながら、つくしがホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。
間もなく、カチャリと小さな音がして、そして扉はゆっくりと開かれた。
促されるまま中へと足を踏み込んだつくしは、思わず茫然と室内を見渡した。
「うわあ……」
中に入るのは、閉じ込められたあの時以来だった。
けれどそこには、つくしの記憶とは重なり合わない幻想的な光景が広がっていた。
植物という植物が光り輝いているのではないかと思えるほどに、あちこちにイルミネーションが施され、真ん中には天井に届くほどのクリスマスツリーが圧倒的な存在感を放っていた。
「これ……本物のもみの木、だよね?」
「そうだと思うけど」
「大きいねえ。どうやってここに入れたんだろ? すごいなあ」
つくしは、その大きさと美しさに圧倒されて、言葉もなくただただ見上げ続ける。
しばらくして、あきらがくすくすと笑う声に気付いた。小さな笑い声だったけれど、静かな室内に響き渡るには十分だった。
「何? 何か可笑しいことでもあった?」
「いや、牧野っておもしれえなって」
「え? あたし?」
「まさか今ここで、搬入方法に関する疑問を口にするとは思わなかったから」
口にしたら余計に可笑しくなったのか、あきらは先程よりも大きな声で、堪え切れないとばかりに笑い出した。
つくしは、ほんの少し恥ずかしくなって、それを隠すように頬を小さく膨らませる。
「だ、だって、ふと浮かんだのよ。仕方ないでしょ?」
「いや、いいよ。牧野らしい」
「何よ、あたしらしいって」
「綺麗とか幻想的とか、ロマンチックな感想じゃないところが、実に牧野らしくていいよ」
あきらは尚も笑い続ける。
ますます頬を膨らませたつくしは、ぷいっとあきらから顔を背けると、再びツリーを見上げた。
「……ふーんだ。悪かったわね。どうせロマンチックじゃないですよーだ」
――言わなかっただけで、綺麗だなってちゃんと思ったもん。
それを先に口にしなかったことを悔やんだ。
けれどもう後の祭りなのだ。あきらが笑い終わるまで、あきらを見るのはやめようと思った。
けれど、あきらの声はすぐにした。
「知ってるよ。牧野の顔を見てたら、それくらいわかる」
つくしはくるりと振り向くとあきらを凝視する。
それは、心の中でぼやいただけのはずだった言葉への返事だった。
「なんで?」
あきらはゆっくりとソファに腰を下ろし、そしてつくしを見てにんまりと笑う。
その笑みを見れば、答えは一目瞭然。つくしは、はああと肩を落とした。
「あたし、全然成長しないなあ。なんで口に出ちゃうんだろう?」
「あはは。その癖は治りそうにもないな」
「厭になる」
「そうか? 俺は好きだけど?」
「え?」
ドキリとした。
思わず表情の固まるつくしに、あきらは優しく微笑む。
「そういう牧野、すごく好きだよ?」
「………あ…りがと。」
こんな時、返す言葉はこれで良かっただろうか。「からかわないで」と言えば「からかってない」と言うし、「嘘だ」と言えば「本当だ」と言うし、「どう言っていいかわからない」と言えばきっと、「ありがとうと言えばいいんだ」とさらりと微笑む。
いつもそうだから、だから思い切って口にしてみたけれど、恥ずかしさと居心地の悪さに、つくしの視線は宙を彷徨った。
けれどそれはほんの一瞬。
「こっちにおいで」
あきらの声に、つくしの視線はすぐにまた彼を捉えた。
ぽんぽんと自分の隣を叩くあきらは実に穏やかな笑みを浮かべていて、つくしは言われるまま、その笑顔と声に吸い寄せられるように歩み寄る。
歩き出したらなぜか途端に緊張して、心臓がドクドクと早鐘を打ち始めた。
急に暑くなって、頬が火照り出す。
そんなワタワタと焦る自分を沈めるように、あきらの前に立ち止まって、ぐるぐるに巻いていたマフラーに手を掛けた。
ゆっくりゆっくり外しながら、その途中でふと気付いた。急に暑くなったのではなくて、すでに室内は、コートもいらないほどに暖かかったのだ。
つくしが気付かぬうちにあきらが暖房をつけたというのは十分あり得る話だが、それにしてもここまで暖まるには早すぎる気がした。
マフラーを外し終えたつくしはコートのボタンを外しながら、改めて室内を見渡した。
「この部屋、あったかいね」
「ん? ああ。冬の寒さに弱い植物があるからな。ここはいつも一定の温度に保たれているんだよ」
「あ、なるほど」
言われてみればごもっともな話。こんなに立派な東屋だ。冬の間、ここを温室として利用しない手はないだろう。
すぐに納得したつくしはコートを脱いでマフラーとまとめてソファの端に置くと、今度こそあきらの隣に腰を下ろした。
待ちかまえていたようにあきらの腕が伸びてきて、つくしは後ろから抱き抱えられるようにすっぽりとその腕に包まれた。
少し治まったはずの鼓動がまた跳ね上がり、ドクドクと、煩い程に鳴っていた。
それはまるで、恋人に初めて抱きすくめられた少女のようで、そんな自分がほんの少し恥ずかしかった。
――美作さんに聞こえてるかな……。
聞こえていたらどう思うのだろう、と考えると余計に恥ずかしくて、自然と頬が赤らむ。
部屋が暗いことに感謝した。今ならそんな顔色だけは、きっと気付かれないから。
つくしはあきらの顔をちらりと盗み見て、こっそりと思う。
――いつもあたしだけが焦ってるのよね。美作さんは全然変わらないのに。
果たしてそれは本当につくしの思う通りなのか。
それはあきらでなければわからないけれど、少なくともつくしには、いつもと変わらない穏やかさと温かさを保っているように思えた。