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白き優しき世界
COLORFUL LOVE
4
何度も額のタオルを替えながら、つくしはあきらの横たわるベッドサイドに居続けた。
時間の経過と共に、浅く繰り返されていた息は少しずつ穏やかになっていた。

何度目かのタオル交換して額に触れるとまだ熱を感じたけれど、それも最初触った時よりはずっと引いた気がする。
ホッとして、目を覚ました時のために水を用意しておこう、と椅子から立ち上がりかけた時、ふいにあきらの睫毛がふるりと震えた。

「…ん……」
「……美作さん」
「――………」

あきらの瞼が、ゆっくりゆっくり開いた。
そして瞳がつくしの姿を捉える。

「わかる? 美作さん」

けれどそれに返事はなく、ゆっくりと瞬きをするように、再び瞼が降りた。
つくしは、もう一度あきらを呼ぶ。

「美作さん」
「……牧野……?」

力なく掠れてはいたけれど、今度はあきらの声が返ってきた。
何度も何度も瞬きを繰り返すその瞳が、やがてはっきりとつくしを捉えた。

「……良かった。気がついたんだね」

つくしは心の底から安堵して、はあ、と深く息を吐いた。
まだぼんやりした様子のあきらに、つくしはそっと話しかける。

「気分はどう? 大丈夫? 美作さん、倒れたんだよ。風邪だから心配いらないって言ってたけど、熱がすごく高かったから、みんなすごく心配してた。そういえば点滴したって言ってたけど、腕痛くない? 平気? ……びっくりしたよ、倒れたって聞いて。何が起きたのかと思った」

あきらはぼんやりとつくしを見ていた。
頷くことも声を発することもないその様子に、つくしは心配になり言葉を止める。

「美作さん? 気分、悪い?」

熱できついのかもしれないと、額に手を伸ばそうとした時、あきらが手を差し出してきた。
ゆっくりと力なく差し出されたその手に、つくしの胸の奥がきゅっと締め付けられる。
つくしは、そっとそっとその手に自分の手を重ねた。
やんわりとつくしの手を握ったあきらの手は、掌も指先も、温かいを通り越して、熱かった。

「冷たいな。寒いか?」

掠れたあきらの声がした。
視線をあきらの顔に向けると、その瞳には心配の色が滲んでいて、つくしを気遣う、いつもの優しいあきらがいた。

( ……こんな時でも、あたしの心配してるの? )

胸の奥にその優しさが沁みて、嬉しさと切なさが混じり合って、泣きそうだった。

「……バカね。美作さんの手が熱すぎるのよ」

零れそうな涙を堪えて、つくしは笑った。
けれどあきらはつくしの表情を読み取って、心配そうにじっと見つめる。

「どうした?」
「ううん」

表情も声も優しすぎて、今にも泣き出してしまいそうだった。
けれど今は、これ以上心配をかけるわけにはいかない。
つくしはぎゅっと口を結んで、涙を堪えた。

「声、掠れちゃってるね。喉渇いたでしょ? お水もらってくるね」

椅子から立ち上がり、手を放そうと力を抜いた。
けれど、その手が離れることはなかった。
あきらが、つくしの手をぎゅっと握りしめていた。
どうしたの、と訊く前に、あきらの口元が小さく動く。
声になって聞こえてはこなかったけれど、小さく振られた首の動きは、いらないと言っていた。
今のあきらには、水分を取る必要があると思う。きっと喉も渇いていることだろう。
けれどいらないと首を振るあきらの、その奥にある気持ちはつくしにもわかった。

――今はこのまま、ここに。

言葉にならない想いが伝わって、つくしは頷いてもう一度椅子に座った。
安堵したように息を吐いたあきらに、愛しさが込み上げた。
胸はどんどん締め付けられて、後から後から「好き」が溢れてくるようだった。
ぎゅっと手を握り返してみても、繋いでいないほうの手に力を込めて握りしめてみても、「好き」は溢れてきてどうしようもなかった。
つくしを真っ直ぐ見つめるあきらの瞳が、熱のせいかいつも以上に潤んでいて、柔らかく優しく揺れた。

( 何か言って、美作さん。 )

心の中で、小さく願う。
このまま沈黙が続いたら。
これ以上「好き」が溢れたら。
きっともう、伝えずにはいられない。

( もうすぐ「好き」が零れちゃうよ。だから、美作さん。 )

小さく強く、つくしは願う。

その願いは通じたのだろうか。
あきらの口がゆっくり動いて、言葉が零れた。

「……好きだ。」

時が、止まった。

つくしの溢れそうな想いも、その時ばかりは時を止めた。
文字通り、熱のこもった瞳でつくしを見つめるあきらが、ゆっくりと瞬きをする。

「……おまえが、好きだ。」

つくしは、あきらをじっと見つめ返す。
泣くでもなく、笑うでもなく。ただじっと。

――おまえが、好きだ。

あきらの声が、つくしの心に響き渡る。
たしかな温度を持って、たしかな優しさを持って。
あきらは、ふっと小さく笑った。

「どうしようもなくカッコ悪いな、俺。ごめんな。どうせ言うなら、もっとカッコよくキメたかったんだけど。――でも、もう抑えきれない」

あきらの細められた瞳は、ひたすら優しかった。
この世界から、優しさ以外のすべてが消えてしまったように思えた。

「好きだ、牧野。……おまえが、たまらなく好きだ。」

あきらの想いは、その優しさと共に、しっかりとつくしの中に沁み込んでゆく。
心の奥深くにも、爪先までの細胞ひとつひとつにも。
沁み込んで満たされたら、胸が震えた。
ゆっくりと瞬きをすると、涙が零れ落ちた。

「……牧野。」

優しい声に導かれるように、つくしは微笑む。

「美作さん」
「ん?」
「声が掠れてて訊き取りずらい」
「うん、」
「髪も乱れてるし、唇も熱でカサカサ」
「うん、」
「ホント、カッコ悪い」
「……うん。」

どんな言葉にも、あきらは優しく頷いた。
つくしはあきらを見つめ、あきらはつくしを見つめる。
沈黙が流れる。

( がんばれ、つくし。 )

目を閉じる。

( あなたにも、抑えきれない想いがあるでしょ。 )

また、涙が零れた。

「でも、」

ゆっくりと目を開ける。
その瞳に映るのは、あきらの柔らかな優しい笑顔。
いつだってその笑顔が、つくしをほんの少し強くして、ほんの少し踏み出させる。

「でも、そんな美作さんが好き。」

言葉にしたら、想いを解放したら、もっともっと「好き」が増して、想いは溢れてくるようだった。

「あたしも美作さんが、好き。」

あきらはその想いが胸の奥深くまで届くのを待つように、じっとじっとつくしを見つめ、そしてふうわりと柔らかく微笑んだ。
それは、つくしが今まで見たこともないくらいに優しくて、柔らかくて温かかった。
自然と涙が零れ落ちた。
あきらは繋いだ手を放し、その手をつくしの頬に伸ばして涙を拭った。

「それ以上、泣くなよ」
「え?」
「今はまだ、満足に抱きしめてやれそうにない」

あきらの優しい声は、どうしてこうも胸に響くのだろう。
つくしは胸がぐっと締め付けられて、また涙が零れ落ちる。

「ああ、ほら。言ったそばから泣くなって」
「美作さんが悪いのよ、そんなこと言うから」

ぽろぽろと涙が零れて、あきらの手を濡らした。
つくしはその手に自分の手を重ねると、ぎゅっと握りしめた。

「……そっか。俺がいけないのか。ごめんな。」

ううん、とつくしは首を振って、泣きながら笑った。
それを見て、あきらも笑った。

あきらは、つくしの頬を撫で髪を梳いて、つくしが泣きやむのを微笑んで待っていた。
本当はすぐに起き上がって抱きしめたい気持ちでいっぱいだった。
ただ、どうしようもなく身体がだるくて、スムーズに起き上がれる気がしなかった。
無理して起き上がれば、つくしがひどく心配した顔をするだろう。抱きしめたところで、繰り返し大丈夫かと腕の中から確認されたりしたら、何のためにそうしたのかわからなくなってしまう。
それはあきらの望むべき形じゃない。
ならば一層このまま、つくしの泣き顔を見ていた方が良いと思った。
悲しくて泣いてるわけじゃないことは、指先からもその涙からも伝わってくるから。
頬を撫でれば、つくしはニコリと微笑んだ。涙が零れても、同じくらい笑顔も零れた。
それがあきらは嬉しかった。



時間が経てば心は次第に落ち着きを取り戻す。
昂っていた感情は徐々にあるべき場所に帰って、現実だけがそこに残った。

「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」

「良かった」と小さく呟くあきらに、愛しさだけは変わらず溢れる。

「美作さんこそ、大丈夫?」
「全然平気、って言ったら嘘だってバレるよな」
「そりゃあね」

ずっと握り合ったままのあきらの手はやっぱり熱くて、その身体にこもる熱を伝えていた。

「まあ、具合悪い時ってこんなもんだろ、ってところで普通」
「……それって、良くないってことよね。もう休んだら? ゆっくり眠ったほうがいいよ。あたし、帰るから」
「帰るのか?」
「だってここにあたしが居たら、ゆっくりなんて出来ないでしょ」
「……」

あきらは一瞬何かを考えるように黙り込んで、それから力ない笑みを浮かべた。

「ごめん。今のは取り消し。帰ったほうがいい、牧野は」
「突然、何?」
「今反省した。あんまり深く考えずに言っちまったけど、この状態は当たり前に良くなかった」
「なんで?」
「風邪が移る」

真顔で言い切るあきらに、つくしはクスリと笑った。

「……なんだ、そんなこと」
「そんなこと、じゃないだろ」
「平気よ。あたしは」
「平気じゃないって。……てか、もう手遅れかもしれない。すまん」
「もう、そんなの気にしないでよ」
「でも――」

尚も言い募ろうとするあきらの口に、つくしは手を当てた。
にっこり笑って目を細める。

「たしかに風邪は移るかもしれない。でもそれを承知でここに来たんだし、ここに居たんだよ。美作さんだってきっと同じ事をする。違う?」
「……違わない」
「だったら一緒。それにあたしは大丈夫。かなり頑丈に出来てるから。……ね?」

あきらはつくしをじっと見て、それ以上何も言わずに頷いた。
つくしは満足そうにあきらの口から手を退ける。
けれどすぐに「あ、」と小さく声を発した。

「でも、美作さんが一人のほうがゆっくり出来るなら、あたし帰るよ? 遠慮しないで言っていいからね」
「……わかった。じゃあ遠慮しない」
「うん。帰ろうか?」
「――ここに居て」
「……」
「もう少し、こうしていたい」

熱で潤むあきらの瞳は、いつにも増して色っぽい。
同時に、子犬のようにどこか頼りなくて、つくしの胸を締め付けた。

「……わかった。ここに居るよ。もう少し、こうしていさせてね」
「うん」

二人は何を話すともなしに、手を握り合っていた。
つくしにとってその空間は、恥ずかしくもあり、心落ち着くものでもあった。
二人きりになった時に流れ続けてきたあの空気が、甘さを増して漂っているようだった。
言葉を交わさなくても、繋いだ手から互いの想いが感じ取れた。
おそらくそれは、あきらも一緒。
とても穏やかな顔で、つくしを見つめていた。

沈黙を破ったのは、遠慮がちにされたノックの音だった。
ハッとして握っていた手を放そうとしたつくしだったけれど、あきらは微笑むだけで放そうとしなかった。
小声でする抗議をあっさり交わしたあきらは、はいと返事をした。
静かにドアが開いて使用人が姿を見せ、あきらを見て安堵の表情を浮かべる。

「目が覚められたのですね」
「あ、すみません。すぐにお知らせしなくて」
「いえ、いいんです。お水をお持ちしました」
「あ、悪い。今言おうと思ってたところだった」
「牧野様にもお茶をお持ちしました。紅茶でよろしかったですか?」
「ありがとうございます。すみません、気を使っていただいて」

つくしは今度こそあきらの手を放し、使用人からトレイを受け取った。
トレイには、飲み物と一緒に、ツリーや鈴の形をした可愛いクッキーが乗っていた。

「わあ、かわいい。これ、もしかして……」
「はい。奥様がお嬢様達と一緒にお作りになってました」
「やっぱり。あれ、お買い物は行かなかったんですか?」
「行かれましたよ。帰って来られてから作られたんです」
「そうですか」

クッキーをひとつ手に取って「かわいいでしょ?」とあきらに見せると、呆れたような笑みを浮かべた。

「おふくろに、もう大丈夫だからって言っておいてくれる?」
「はい」
「でも牧野が帰るまでは近づかないようにって。それから絵夢と芽夢は、まだまだダメだから」
「ちょっと美作さん、そんなふうに言ったら――」
「いいんだよ。言わなかったら、すぐに来るんだから」
「でもすっごく心配してるんだからそんな言い方したら可哀想だよ」
「いいんだって」
「でも――」

使用人は二人のやりとりにくすくすと笑った。

「そうですね。奥様にはきちんとお伝えしておきます。あとでお食事と薬をお持ちします。それまでに何かあったらお呼び下さい」

にこやかな表情を浮かべたまま、使用人は出て行った。
それを見届けたつくしは、トレイをサイドテーブルに置いて、「ふうん」と感嘆のため息を漏らした。

「どうした?」
「いや、さすがは使用人だなあって思って」
「なんだ、それ」
「お世話してる美作家の人達のことをよくわかってるなあって」
「ああ。まあ、そうじゃなきゃ困るしな。それより、買い物って何? おふくろ達、買い物行ったの?」
「ああ。買い物に行く予定でいたけど美作さんの事が心配で行けないって言うから、行ってきていいですよって言ったの。ほら、今日クリスマス・イヴでしょ? 絵夢ちゃんと芽夢ちゃんもお買い物に行くのを楽しみにしてたみたいだったから。お買い物にも行けない、大好きなお兄ちゃまにも会えないじゃ、ストレス溜まって大変だろうから」
「……さすが牧野」

くくく、と笑うあきらにつくしは首を傾げる。

「何? さすがって」
「あいつらの扱いを心得ている」
「……そうかな。普通よ」
「いや、さすがだよ」

「牧野が来てくれて助かったよ」とあきらは微笑んだ。
つくしはごく自然に振舞っただけだった。けれどあきらはとても喜んでくれているようで、つくしはそれがとても嬉しかった。
「お役に立てて何よりです」とつくしもにこりと微笑んだ。

「紅茶、温かいうちに飲めよ」
「ああ、そうね。美作さん、お水飲む?」
「ああ、飲む」

起き上がるあきらの背中をそっと支えコップを渡すと、飲み終わるのを待って、再びコップを受け取った。
あきらばベッドヘッドに寄り掛かると、ふうと深く息を吐いた。

「起き上がるとやっぱりつらい?」
「大丈夫。急激に良くなってる気がする」
「ホントに?」
「ホントに。驚くくらい」
「そう。良かった。……横にならないの?」
「少しこうしてる。ずっと寝てるのも、それはそれで身体が痛い」

苦笑いを浮かべるあきらに、つくしも同じように苦笑した。
つくしは紅茶を飲み、クッキーを食べる。口に入った瞬間にほろほろと崩れて甘みが広がるクッキーは、とても美味しかった。
思う存分堪能して「ごちそうさまでした」と告げると、それを待っていたかのように、あきらは再びつくしの手を握った。
少しだけ驚いて、でもあまりにも自然なその行為につくしもそのまま握り返した。
あきらの指がゆるゆると動いて、つくしの指や爪を撫でる。
その指先はただただ優しく、あきらの想いを緩やかにつくしの中へと流し込んでいるようだった。
触れあう指先は、こんなにも愛しさに敏感だったのかと驚いた。
ただ手を繋いでいるだけなのに、それだけで涙が溢れそうになるつくしがいる。
それは想いの深さゆえなのか、あきらの指先があまりにも優しいからなのか。
そんな自分が少し恥ずかしくて、少し嬉しい。

「今更だけど……今日、ごめんな」
「え? 何が?」
「まともに連絡入れられなくて」
「ああ、そんなの気にしないで。講義はガラガラだったよ。欠席で正解かも。内容もそんなに進展なかったし」
「そうか。……あと、パーティーもごめん。さすがにちょっと無理だ」
「わかってるって。あ、そうそう。さっき西門さんからメール来てね。パーティーは美作さんの体調が良くなったらやろうって。時間はなんとか作るから極上のシャンパン用意しとけって伝えろよーって、なんだか気合いの入ったメールだったよ」

「総二郎らしい」とあきらは笑った。

「それから、類からもメール来た。こんな時に風邪引いたあきらなんて放って俺と楽しいクリスマス過ごそうよ、って」
「……類も類だけど、牧野も、それ俺に伝える?」
「あはは。でも続きがあって。元気になったらみんなで集まろうね、って」

あきらはふっと笑みを零して、「了解しました」と小さく応えた。

「あいつらの事だ。今頃二人でやってるんじゃないか?」
「さあ、どうなんだろ。メールだけでしかやりとりしてないから、今日のことは訊いてない」
「メールしてみれば? もしやってたら牧野も行ったらいい」
「えー。いいよ、あたしは。美作さんが元気になってからみんなでやりたい」
「でもそれだと、確実にクリスマスは終わってるぞ?」
「別にいいよ。クリスマスだからっていう理由をつけてるだけで、忘年会でも新年会でも一緒だもん」
「まあ、それはたしかにそうだけど」
「でしょ?」

「なんなら全部まとめてやる?」と笑うつくしに、あきらも笑った。
けれどやがて笑みを消すと、あきらは繋いだ手にぎゅっと力を込めた。
なんだろう、とあきらの顔を見ると、あきらもまっすぐつくしを見つめている。

「どうしたの?」
「パーティーは、クリスマスも忘年会も新年会も、全部まとめてでも全然かまわんし、何回でもいつやってもいいんだけど」
「うん……?」
「二十八日だけは空けといて」
「二十八日?」
「牧野、誕生日だろ?」
「……あ。」

すっかり忘れていた。
たしかに、二十八日はつくしの誕生日だった。

「良く覚えてたね。忘れてたよ、あたし」
「忘れるかよ、そんな大事な日」

当たり前のようにサラリと言うあきらに、つくしは小さな幸せを感じる。

「それまでに治すからさ。その日は俺に祝わせて」
「無理しなくていいよ、気持ちだけで十分」
「無理じゃなくて。祝いたいんだ。……気持ちを伝える伝えないは別にして、最初からそのつもりだったから」
「……美作さん」
「堂々と誘う事が出来て良かった。――その日は二人で過ごそう。……いい?」

嫌だなんていう理由がどこにあるだろうか。確認されなくても、最初からイエスに決まっているのに。
それでも選択権をつくしに与えてくれるところが、いかにもあきららしくて、なぜかすごくホッとした。

「絶対に無理しないって約束して?」
「うん」
「もしまだ具合が悪かったら、ここでこうやって過ごすんだからね」
「……わかった。約束する。無理はしないよ」
「約束ね」

うんと頷くあきらに、つくしも頷いた。
楽しみにしてる、と言おうか迷って、言うのをやめた。
そんな事を言ったら、無理をさせそうな気がしたから。
二人で過ごせるだけで、つくしは十分幸せだから。
――本当は、つくしだってあきらと過ごしたいと思っていたのだから。

( バイト入れなくて良かった。 )

小さな小さな可能性を胸に、迷って迷ってバイトを入れなかった自分がほんのちょっとだけ誇らしかった。
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2010.2.8 白き優しき世界
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