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ここから始まる未来の僕へ
CLAP STORY (COLORFUL LOVE -Extra Story- view of HIRANO)
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 十二月二十八日 本年業務最終日。

 仕事納めの一日は、毎年同じスケジュールで時が流れてゆく。
 午前は、仕事と簡単な掃除。
 午後はカフェテリア――という名の社員食堂――で納会。
 挨拶周りに外出している人間も多いため、納会は十二時から十八時までと長時間行われる。ずっと居てもいいし、途中で帰ってもいい。飲食自由、アルコール多数、料金無料。これらが実に好評で、最後まで残る社員は結構多い。
 故に、人数は時間の経過と共に増えてゆき、その盛り上がりも加速していく。

 只今、納会が始まって三時間が経過した十五時十五分。
 人数も相当増え、あちこちを回っての挨拶もほとんど終えた俺は、カフェテリアの端っこの目立たない場所で、先程挨拶に来た他の部署の女性社員――顔に覚えはあったが名前はわからない――が置いていったワインを一人飲んでいた。
 こうした賑やかな場所は嫌いではない。むしろ好きな方だと思う。
 一人で静かに過ごす時間も、みんなでワイワイ過ごす時間も、どちらも同じように大切だと思っている。だから、こうした場では率先してその輪に入って楽しむようにしているのだけれど、今日はそういう気分にはなれなかった。
 ならば、なんらかの理由をつけて帰ってしまうという手もあるのだが……。
 部長と言う立場上、なかなかそうもいかない。
 厳密に言えば、「部長だから帰ってはいけない」とか「平社員だから帰っていい」なんていうルールはどこにもない。
 けれど毎年、部長クラスの人間は最後まで残っていることがほとんどで、何気なく見渡しただけでもほとんどの部長の顔が揃っている。しかも、中にはまだ居ない人もいる。きっと外回りから帰ってきていないのだろう。この状況で俺一人帰るなんていうことは、到底出来そうにもなかった。
 ただ、この状況が苦痛かと言うと、そういうわけでもない。
 社員達が皆明るい顔で笑い合っているのを見れば、俺の中に安堵が生まれるし、部署内の人間が集まって盛り上がっているところなんかは、それより更に深いところで幸せも感じる。自らその中に飛び込んで一緒に笑い合うには、今は気分が浮上しきれないだけ。
 そんな俺の心境に、このカフェテリアの端のスペースは最適と言えた。

 一口、二口とワインを口に運んでいると、胸元で携帯電話がブーン、ブーン、と小さく振動した。取り出して見れば一通のメッセージを受信していた。

――
荷物は全部運び出しました。鍵はポストに入れておきます。
もし何か残っていたら適当に処分して下さい。連絡はいりません。
信じて待つことが出来なかったこと、本当にごめんなさい。寂しさに押し潰されてしまったのは私自身の弱さです。今度はもっと理解力のある強くて優しい人を好きになってください。
今更何を言っても信じてもらえないかもしれないけど、肇ちゃんの彼女になれて本当に幸せでした。
たくさんの優しさ、ありがとう。
――

 ……幸せでした、か。
 俺の掌に乗る残像と現実がどうであったかを考えることは、今はしない。
 携帯電話を胸元に戻して、じわじわと広がっていく寂寥感をワインと一緒に流し込み、窓の外に視線を移す。
 そこには、まるで雪でも降り出しそうな白い空が広がっていた。
 雪の予報なんて出ていただろうか。
 真っ白な空を見つめる俺の頭の中を、読んだばかりの彼女の言葉がゆっくりと廻っている。
 けれど今は、何も見ないことにする。何も見えないことに、する。
 思考を無理やり断ち切って、白い以外には何の情報も浮かんでいない空に目を凝らす。
 家に帰るまでは、なんとか持ちこたえてもらいたいなあ。
 ぼんやりと、けれど一心に思った。


 平野肇、三十四歳。
 前任者の強い推薦により部長に昇格してもうすぐ二年。
 一年前から同棲していた彼女と別れて、まだ五日。
 そんな俺の、平凡だけど特別な日々を、ほんの少し語ってみようか。
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2011.03.10 ここから始まる未来の僕へ
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